《MUMEI》

−−−俊平が帰国する。

まさか、まさか、まさか。
混乱している私に、彼は明るく笑った。

「ホント、ホント!」

「ウソだぁ…」

「ホントだって!」

私は呆然として黙り込む。
彼が、帰国する。
にわかに信じられなかった。だって、そんな話、今まで全然聞いた事がなかった。
突然、どうしたのだろうか。

「この前、姉貴が婚約してさ…その相手と家族面談っていうか、顔合わせみたいな感じで食事会するらしいんだ。で、ちょうどこっちも年度末だし学校も休みに入るから、一度帰って来いって、俺も呼ばれたってわけ」

いつもの朗らかな声で、俊平は説明した。
今回は一時帰国であって、二週間ほどだが実家に滞在するのだとも。
私は驚き過ぎて、言葉が出てこなかった。俊平は続ける。

「NYは楽しいけど少し日本食が恋しくなってたし、姉貴の婚約者ってひとにも興味あったし、それに…」

そこで一つ間を置いて、俊平は笑いながら言った。

「何より、瑶子に、会いたいし」

その言葉を聞いた途端。
私の瞳から、ぼろぼろっと涙がこぼれ落ちた。
想いが、通じた。
俊平が帰ってくる。日本に帰ってくる…。
続いて、彼の照れたような声が聞こえてくる。

「このことを、早く瑶子に知らせたくて…メールじゃなくて、じかに話したくて、だから電話したんだ…まあ正直言うと、瑶子の声が聞きたかったんだけどね」

私は必死に声を殺して泣いていた。向こう側の俊平に気づかれないように…。

私が何も答えない事を不思議に思ったのだろう。俊平が「瑶子?」と優しく呼びかけてきた。

「どうした?さっきから俺ばっか喋ってんだけど…」

私は声を震わせて「ゴメン…」と呟いた。
異変に気づき、俊平は驚いたようだった。

「なに?どうしたの?」

心配そうな彼の声に、私は「なんでもない」と答えた。

「なんか信じられなくて…」

「何が?」

優しい彼の問い掛けに、堪えきれず、私はついに声を出して泣いてしまった。

もう止まらなかった
俊平と離れた後、ずっと私を襲っていた悲しみや寂しさ、そして、玲子の理不尽な言葉に対する怒りが混ざり合い、涙となって溢れ出た。


私の心情を察したのか、俊平はこの上なく柔らかい声で言った。

「戻ったら、すぐに会いに行く。日本へ帰って、一番に会いたいのは、瑶子だから」

だから、もう泣くなよ…。

俊平の声は私の凍てついた心をゆっくりと溶かしてゆく。
迷いは、なかった。

私には、俊平しかいない…。

「日程が決まり次第、すぐメールするよ」

さっぱりとした声でそう言うと、彼は「それじゃ、また」と付け足した。

「…待ってるね」

私がぽつんと呟くと、彼は軽く笑い、「じゃあ、おやすみ」と言って電話を切った。

プツッと糸が切れたような音の後、プー…プー…と無機質な機械音だけが、受話器から響いてきた。

その瞬間から、言いようのないあの孤独感が襲い、私は泣いた。

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