《MUMEI》

メールを読み終えた時、心臓が、一度、大きく鳴った。

俊平が、帰ってきた。

私が待つ、この日本へ…。

それだけで涙がこぼれそうだった。

日本で独りきりになってから、どれだけ、この日を待っていただろう。
彼が行ってしまってから、何度、この日を夢見たことか。

からっぽの心が、どんどん満たされていく感じがして、私は、また、泣いた。




約束の日の午後、私は久しぶりに学校へ行った。待ち合わせの時間より、2時間も早く到着してしまった。

多分、2ヶ月振りの学校だった。

登校したからといって、授業に出る気はさらさらなかった。
今更講義に出席したところで、授業内容が分かるはずがない。

去年、進級試験に失敗し、上級クラスの一年をもう一度、やり直すことになった。そのせいで完全に嫌気がさし、今となっては学校に全く寄り付かなくなってしまっていた。


この学校は、日本でいう予備校や塾のようなもので、授業を無断欠席したとしても−−例えば、私のように不登校になっても、日本の学校みたいに両親に連絡をされる事はない。

それは、大学生に限らず、サラリーマンや主婦、それにリタイアした老人など、在校生徒の年齢が幅広いことも、その理由の一つだが、それよりも、生徒の自立心を重んじている校風に因るものだ。

授業についていけなくなっても、進級出来なくても、それは、通っている生徒自信の問題。

そういう信念のもと、この学校は成り立っているから、生徒の問題に親が出て来ることもない。

それを良いことに、私は親に内緒で、散々学校を勝手に休んでいた。

両親は、私が変わらず学校に通っていると信じきっていた。
「頑張ってるね」と言われる度、胸がキリキリと痛んだ。本当に申し訳なく思った。

それでも、授業に出る気にはなれなかった。
私の、ちっぽけな自尊心のせいで。


学校に着くと、教室へは向かわず、まっすぐカフェテラスへ向かう。

平日の昼過ぎ、午後の授業も始まっているから、カフェは空いていた。

中に入るなり、迷うことなく、窓際のテーブルに座った。そして、遠い記憶を手繰り寄せる。

このテーブルで、私達が、初めて出会った、あの日。

あの時は、俊平のこと、変なひとだと思っていたな…とぼんやり思い出した。

勝手にひとのテキストを触ったり、留学経験のない私に、変なアドバイスをしたり。お互いに年齢を聞いて、笑い合ったり。

色んな思い出が残る、このテーブル。

そこで、今、私は彼を待っている。

私は両手で顔を覆った。

早く、早く、早く−−−。

早く私を、迎えに来て。

この退屈で寂しい世界から、私を連れ出して−−−。

ただ必死に、祈っていた…。



「何してんの?」



すぐ近くで、懐かしい声が、した。
男のひと特有の、心に重く響き渡る声が。

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