《MUMEI》
あきら
あきらは、すました顔で挨拶した。
「初めまして」
愛梨も頭を下げた。
「あ、初めまして」
「叶さん」宮川が言った。「では、あとはあきらと話し合って、叶さんのストレスが溜まらない方法でお願いします」
「え?」
怪訝な顔をする愛梨に、宮川は笑顔で説明を始めた。
「だってプライベートタイムが狭まるわけですよ。独りでいる時間が皆無になるわけですから」
「はあ…」
二人の話がズレている。
「四六時中護衛が一緒だとストレス溜まる人がいるんです」
「待ってください」
愛梨はあきらの顔を見ながら宮川に聞いた。
「もしかしてボディガードって?」
「あきらですよ。私でもいいですけど、男だと女子更衣室や化粧室に入れないでしょ?」
言われてみればそうだ。愛梨は納得した。しかし目の前の華奢な美少女が、自分を守ってくれるとは思えない。
そのとき。
「助けて、ひったくり!」
女性の悲鳴が聞こえた。あきらはダッシュ。自転車で逃走する男をチーターのように追いかけた。
カゴを確認。女もののバッグ。しかも後ろを振り向き血相変えて逃げている。
犯人に間違いないと判断したあきらは物を探す。空き瓶が見えた。拾って投げる。
目の前に空き瓶が落ちて来たので男はバランスを崩した。
自転車が横倒しになるのをかろうじて右足で止めた。あきらが行く。自転車を起こそうとする男の顔面に背後から左ハイキック一閃!
「ぎゃっ…」
「嘘」愛梨は目を丸くした。
男は痛さをこらえ、自転車を捨てて走って逃げようとするが、あきらが飛んだ。
ボディにサイドキック!
男が吹っ飛んだ。
しゃがむ男の顎めがけてトドメのミドルキックを放とうとしたところを宮川が止めた。
あきらは油断なく構えながら横を見た。宮川と警官の姿が見えたので下がった。
無事バッグを取り戻した女性は、あきらに何度もお礼を言った。
「ありがとうございます!」
「いえ」
それより愛梨がそそくさと帰ろうとしていたので、あきらが声をかけた。
「どこへ行かれるんです?」
「ギクッ」
どうやら逃げられない。愛梨は観念してあきらに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
あきらも軽く頭を下げた。
二人は愛梨のアパートへ行った。
あきらが最初にドアを開けた。
「ドアを閉めて、玄関で靴を脱がずに待っていてください」
そう言うとあきらは、バスルームや押入、ベッドの下などを見た。
「どうぞ」
なぜか笑顔の愛梨は、靴を脱いで部屋に上がった。
あきらはカーテンを少しだけ開けて外を見る。
後ろから愛梨が話しかけた。
「あきら…チャンて呼んでもいい?」
「どうぞ」
「あたしのことは愛梨でいいよ」
あきらは無言のまま外の様子をうかがっている。
「年はいくつ?」愛梨が聞いた。
「二十歳です」
「何だ、あたしとタメじゃん」
あきらは答えない。
愛梨はベッドに腰をかけ、背伸びをしたり落ち着かない。
「あきらチャン、着替えてもいい?」
「どうぞ、普段通りのことをしてください」
「普段通りならあたし全裸だよ」
「どうぞ」
乗ってくれない。愛梨は怯んだ。

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