《MUMEI》

私はゆっくり顔を上げる。

そこで私を待っていたのは。

「泣いてるのかと思った」

そう言って、私に見せた、眩しい笑顔。
とてもキラキラしてて、目が眩むほどに。

「俊平…」

私は彼の名前を呼んだ。彼は優しく微笑み、そして首を傾げる。

「約束の時間より、ずいぶん早くない?俺間違えたかな?」

「まだ時差ぼけ、治ってないんだ」と笑う。私も笑う。

「待ってたの」

一度瞬き、続ける。

「俊平が迎えに来るの、待ってたの…」

私の言葉に一瞬キョトンとしたものの、俊平はフッと優しく笑い、そして、言った。


「ただいま」


それに対して、私も微笑み、答えた。


「お帰りなさい」


俊平は、私の言葉に、本当に嬉しそうに笑って見せた。




夕方のカフェテラスで、私達はテーブルを挟んで向かい合い、取り留めのない話をしていた。
話すといっても、喋っているのはほとんど俊平の方で、私は聞き役。

もちろん、その内容はNYでの出来事。

向こうの街の様子。向こうの学校の雰囲気。向こうで出来た友達の事…。

彼の話題は尽きることがなく、ひたすら話し続けていた。

私は笑顔でそれを聞きながら、何故か違和感を覚えた。

なぜ、私は彼の話をずっと黙って聞いているのだろう。
なぜ、俊平はこんなに楽しそうにアメリカの話をしているのだろう。
なぜ、彼は私に近況を尋ねてこないのだろう。

なぜ…?

混乱で目眩がした。先程の再会の感動は消え去り、私の心は冷え切ってしまっていた。

あんなに会いたかったのに。
あんなに恋しかったのに。

俊平が行ってしまった時、私達の間に広がる果てしない距離に、絶望した。
でも今は、こんなに近くにいるのに、とても、とても遠く感じる。

どうして、そんな悲しい事を思うのだろう。


その時、俊平が思い出したように、かばんの中をあさりはじめた。

「渡したいものがあるんだよ」

彼が何かを探すその姿を、私はぼんやりと眺めていた。そのうち、彼は、かばんから紙袋を取り出した。
その袋の中へ手を入れ、そして中身を取り出す。

「…なに、それ?」

私は、小さく呟いた。紙袋から出て来たのは、二つの小さな箱だった。
俊平は見えるように、その二つの箱を私の目の前に置いた。

一つは目が覚めるようなイエローのパッケージのもの、もう一つはディープブルーのもの。その両方とも、パッケージの下の方にはのチェックの模様が、イエローは白で、ブルーはシルバーでプリントしてある。

私の問いに、俊平は簡単な様子で答えた。

「なにって、香水」

「香水?」

なぜ、香水なんて持ってきたのだろう。不思議に思っていると、俊平は話し出した。

「無類の香水好きのクラスメートから聞いた話でさ、興味深いものがあって」

興味深い、もの?

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