《MUMEI》 ジレンマそれからは、俊平が例の家族面談ということと、日本にいる彼の友人の顔を見たいということで、私達が再び顔を合わせたのは、その翌週、彼が再びアメリカに経つ3日前だった。 彼が、今度の待ち合わせの場所に指定したのはあのカフェテラスではなく、学校近くの公園だった。 学校を出て裏手にまわると、長い下り坂が広がっていて、少し下ったその脇に、細い小道がある。 そこに入って、長い坂を再び下って行くと、公園が見えてくるのだ。 その公園の側には小学校があり、その児童の為に造られたものだというのは、明らかだった。 ここは、俊平のお気に入りの場所の一つだった。 狭い路地裏ということもあって、あまり人が寄り付かず、閑散としていて落ち着けるのだ。 ここでぼんやりしていると、心が落ち着く…と彼は口癖のように言っていた。 俊平がいなくなった後、私はこの公園に立ち寄ることは絶対しなかった。 ここには彼との思い出が在りすぎる。 彼と並んでお喋りしたり、人目を忍んでこっそりキスしたり、私を被写体にして写真を撮ったり…。 それらの輝かしい記憶を思い出したら、絶対に涙してしまうのは、頭の悪い私にも分かっていたから。 夕暮れ時、私はそこのベンチに腰掛け、一人で俊平の到着を待っていた。 彼から貰った、あのウィークエンドの香りを纏って。 茜色の空を貫くようにそびえ立つビルの合間に、夕日が厳かに沈んでいく様を眺めながら、身じろぎせず、座っていた。 彼が、帰ってきた。 今は私と同じ、この日本にいる。 それは先週再会した学校で、そしてあのホテルで肌を重ねた時も実感した筈。 彼に触れ、彼に抱かれ、温もりを感じ、身をもって、分かった筈…。 けれど。 心に渦巻く不安は、より一層深まるばかりだ。 触れ合っても、キスをしても、彼を感じても、昔のように、『彼がすぐ傍にいる』とどうしても思えない。 手を伸ばせば届く距離にいるのに、二人の心は、日本とアメリカ…いいえ、それ以上にずっと離れたまま…。 そんな、気がする。 何がそう思わせるのか。 なぜこんなに不安に、こんなに空虚に思うのか。 解決出来ない自分に、苛立ちすら覚えた。 きっとあの頃、私はとても幼くて、俊平や玲子…周りの皆にどんどん追い越されていく事に、とても、焦っていたのだと思う。 −−私も俊平も瑶子も違う人間なんだから…。 電話で玲子は、そう言った。 だから、「進む道も違って当たり前」なのだとも。 とにかく寂しくて、不安で、辛くて、そんな私を優しく励まして欲しかったのに、玲子は私の望む言葉をくれるどころか、酷く傷つける言い方をした。 前へ |次へ |
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