《MUMEI》

彼女がなぜそんな事を言うのか、あの時は全く理解出来なかった。


でも、今は。


私の中にひたすら「寂しい」と泣き叫ぶ誰かと、「このままじゃいけない」と叱咤する誰かが居て、私の不安定な心を真っ二つに引き裂いていた。


しばらくすると、俊平がやって来た。
私の大好きだった、あの眩しい笑顔を浮かべて、あのウィークエンドの爽やかな香りとともに。

「お待たせ」と軽い調子で言うなり、すぐ私をベンチから立たせた。

「腹減ってない?いい店教えて貰ったんだ。ちょっと離れてるけど、行こうよ」

彼の提案に、私は無言で頷いた。俊平は嬉しそうに微笑んで、私の手を取り、公園から連れ出した。


学校の最寄り駅から電車を乗り継いで20分程の街。
彼が私を連れて来たのは、その駅前の雑居ビルの4階にある、内装がお洒落なジャズバーだった。

ジャズバーといっても、特に生演奏をしている訳ではなく、店内にBGMとしてジャズ音楽が流れているだけの、簡単なものだ。
けだるいサックスのソロパートを聞きながら、私達は一番奥の窓際の席に通された。

「今日はおごるよ。好きなの頼んで」

彼はメニューを開ながら明るく言った。そんな彼に、私は無理矢理笑顔を作る。
適当にアルコールと料理をオーダーすると、彼はすぐに話始めた。

「やっぱり日本はいいね。まず言葉に苦労しないし」

その台詞に少しムカムカして、私は「でも」と切り返した。

「俊平は英語話せるじゃない。別にアメリカでも苦労しないでしょ」

「それは否定しないけどね」

私の精一杯の皮肉にも、彼は爽やかに笑って見せた。
その顔を見て、なぜか苛立ちが増していく。

私の心境の変化に気づかない彼は、「ところで」と話題を変えた。

「この間、姉貴の婚約者に会ったんだけど−−−」

そこからはずっと、彼の話ばかりが続いた。
両親のこと、お姉さんのこと、日本にいる友人のこと…。
料理が運ばれてきても、彼は黙ることなく話続けた。
他愛がない話を聞いているうちに、この前再会した日と同じ、あの疎外感が再び、私の胸に沸き上がる。

彼の輝くような笑顔が、彼の落ち着きのある声が、今、とても虚しく感じる。

ずっと俯いて、せっかくの美味しそうな料理にも手を付けず、黙り込んでいる私にようやく気づいたのか、彼は私の顔を覗き込んだ。

「どうしたの?もしかして、具合、悪い?」

私を気遣うその言葉にすらムカついていた。

素っ気なく「別に」と答え、私は窓の外を見遣った。少し重たい雰囲気になり、俊平も一度、口を閉ざした。

外はすっかり日も暮れて、駅前通りは沢山のひとで賑わっている。

皆、それぞれの時間を楽しんでいる筈なのに、どうして私の心はざわついたまま、一向に落ち着かないのだろう…。

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