《MUMEI》

私の表情に、俊平は一瞬、躊躇ったようだったが、すぐに表情を引き締め、私の、虚ろな瞳の、その奥を覗き込む。


そして、はっきり、こう、言ったのだ。


「今は、夢を追いかけたい」


視界が突然、グニャリと歪んだ。決定的な台詞だった。心が、気持ちが、崩れ落ちていく、感じがした。

夢、を。
今ここに居る私ではなく、不確かな、将来を。
それを、彼は、選ぶというのか。

俊平の声は続く。

「一度は諦めた夢だ。だから今度こそ、自分を見失いたくない。これが、最後のチャンスなんだって思えて仕方ないんだよ」

私は、瞬いた。
そして、玲子の言葉を思い出していた。


−−所詮、『通りすがりのひと』なの…。


『通りすがりのひと』。
玲子が、どうして、そんな表現で言ったのか、あの時は、理解出来なかった。

けれどようやく、その意味が、やっと、分かった−−−。


私は唇の端を吊り上げて、笑った。
そんな私の表情を見て、俊平は眉をひそめた。
私は、低い、声で、言った。

「良いよね、俊平は。ユメとか、ショーライとかに夢中になれて」

わざと、馬鹿にしたような言い方をした。彼は言葉を失い、黙り込んだ。
彼の顔が可笑しく見えて、「羨ましいよ、ホントに」と、私はせせら笑う。


「私には、何もないのに」


そう、何も、ない。
やりたい事も、将来も、夢も、希望も。
短い間に、全てなくしてしまった。
それでも立っていられたのは、俊平がいたからだ。
私には、もう俊平しかいなかった。
彼の存在があったからこそ、こうして今日、ここに居られたのだ。

けれど。

その彼すら、今、失いそうになっている。

彼がいなくなったら、私にはもう何も、ない。

何も。


淡く微笑んで、私は、彼に言った。

「私、学校辞めるよ」

ずっと胸の内に秘めていた言葉を口にして、少しスッキリした。

それは、以前から考えていた事だった。
不登校のまま、学校に籍だけ置いていても無意味だし、何よりもうフランス語に嫌気がさして、興味が全くわかなかった。


本当の事を言えば、帰国した俊平に相談して、一緒に悩んでゆっくり結論を出したかった。
でも、彼は自分の進むべき方へ、歩き始めようとしている。
私を、一人残して。

ならば、私も、進まなければ。

俊平とは違う、未来に向かって。

これ以上、置いて行かれるのは、もう真っ平だ…。

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