《MUMEI》
浴衣祭り
アパートは2階のワンルームだから守りやすいが、危険なのは外出したときだ。
あきらは気を引き締めた。愛梨と並んで歩き、周囲を警戒する。
「あきらチャン顔怖いよ」
「油断大敵だ」
「警戒しすぎじゃない?」
「本人が警戒心皆無だからな」
さすがの愛梨も笑いながら怒った。
「あれ、あきらチャン今のどうかな。今のどうかな」
二人は居酒屋に到着。事情を知っているのは小林店長だけだ。
愛梨が更衣室で着替えている間に、小林店長はあきらに笑顔で挨拶した。
「いやあ、愛梨に負けない美人さんで、これは参りましたね」
しかしあきらは笑顔を返さない。カウンターの端にすわると、そこから店全体を見渡した。
「この席をお借りします」
「どうぞどうぞ。で、お客さま。お飲み物は何になさいますか?」
「ウーロン茶」
「ウーロンハイ?」
あきらは小林を睨んだ。
「ウーロン茶」
小林店長はウーロン茶を持ってきた。
更衣室では、愛梨と仲の良い店員がくじびきをしていた。
負けた人は浴衣の下に何も身につけないというスリリングなゲームを楽しむ。
浴衣だから店長も客もわからない。しかし本人は緊張する。
三人はくじびきを引いた。
「嘘!」
愛梨が負けてしまった。
「いいわよ、別に。何もバスタオル一枚で接客するわけじゃないんだから」
もうすぐ開店。更衣室から店員が出てきた。
皆色とりどりの浴衣姿で出てきたので、あきらは驚いた。
「あきらチャン似合う?」
「浴衣で接客なんて珍しい店だな」
「違うよ、きょうは浴衣祭りだから」
「浴衣祭り?」
そこへ店長が話に加わってきた。
「夏のお客さま感謝デーですよ。浴衣祭りは超満員になるんです」
「ピンサロかよ」
「あれ、何か言いましたか?」小林が笑顔で迫る。
「独り言だ」
「愛梨チャン。今度パジャ祭りを企画してんだけど、どうかなあ?」小林の目が危ない。
「パジャマ祭り?」
「パジャ祭りだよ。パジャマニア全員集合!」店長は右拳を突き上げた。
「パジャマは恥ずかしいですよ」愛梨が反対した。
「いいじゃん、水着祭りとは言ってないんだから」
「当たり前です」
「じゃあね、ナース祭りは?」
「変ですよ」
「なら、男もんのワイシャツ上だけ祭り」
あきらが口を挟んだ。
「セクハラですよ」
店長は振り向いた。
「あきらさん。お客さまを集めるのは大変なんですよ。あの手この手でサービスしないと」
「女性従業員にコスチュームを強要するのはセクハラです」
すると、店員から拍手が起きた。小林店長は手ぬぐいを皆にぶつける真似をする。
「何拍手してんだ。仕事しろ仕事!」
開店。
客がわんさか来る。あきらはまばたきもしないほどの集中力で、動き回る愛梨の姿を追った。
彼女はここでも人気者だ。あちこちのテーブルから声がかかる。
浴衣祭りで超満員なら、パジャ祭りなんか開催したら押し倒されてしまうだろう。
あきらは呆れた。
「ちょっといいかな?」
あきらのいるカウンターに、いきなり男二人がすわり、警察手帳を見せた。
探偵にとって警察は仲間だ。ともに仕事をすることもある。むげにはできない。
「何か?」
「未成年だね」
「二十歳です。それにこれはウーロン茶」
刑事らしき二人は、笑顔を見せると席を立った。
「ウーロン茶なら問題ない。失敬」
二人の男はすぐにその場を離れた。あきらは愛梨を探す。
いない!
バッと席を立ち、店長に聞いた。
「愛梨は!」
「え?」
小林店長も血相変えて探す。いない。
あきらは外に飛び出した。
さっきの警察官がいた。あきらの顔を見ると急に走った。路地裏を逃げていく。
まさか偽刑事!
あきらは追いかけた。チーターが獲物を襲うように、あっという間に追いついた。
あきらが飛ぶ。背中にキック!
「あああ!」
勢い余って脳天から壁に激突。
「がっ…」
一人は失神。もう一人は逃げる。
「待て!」

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