《MUMEI》

俊平は本当に驚いたようだった。珍しく大きな声で、「どうして!?」と尋ねた。

「何で辞めるんだよ!?あんなに頑張ってたじゃないか!?」

朝から晩まで、バカみたいにずっと授業受けて、ヒマさえあればあのカフェで勉強してる姿、今まで何度も見てきた…ひたむきに頑張る瑶子を、俺は、ずっと応援してきたんだよ!!

俊平は私の両腕をしっかりと握りしめた。グッと力が込められるのを感じる。彼は私の目を見つめ、身体を揺する。

「何とか言えよ、瑶子!!」

厳しい声だった。彼のこんな声を、今まで聞いたことがない…。
ぼんやりとそう思いながら、私は、小さく、呟いた…。

「もう、決めたことだから」

私は彼の手を払い、身体が自由になった。一歩下がって、彼と距離を取ると、私は爽やかに笑ってみせた。


「『同志』、いち抜けた…」


唄うように、そう言うと、俊平は呆然とした目を私に向けた。
私は一度、瞬き、「元気でね」と短く挨拶すると、踵を返し、改札口へ向かって歩き出した。

これで、終わり…。
私と俊平の、重なり合った、人生の『交差点』を、お互いすれ違って進むのだ。

すれ違う、その一瞬だけ目が合った、単なる『通りすがりのひと』みたいに−−−。


「瑶子」


彼が、私の背中に、呼びかけた。
足が止まる。止めるつもりはなかったのに、身体が勝手に動くのをやめた。

俊平は、ひそやかに、言った。

「4年後、帰ってきたら」

そこで一度、間を置き、続けた。

「必ず迎えに行く」

一瞬、駅の喧騒が、耳から遠退いた。
迎えに行く…。
その言葉を胸の中で、何度も反芻する。

ゆっくりと振り返ると、俊平は、私の顔をじっと見つめていた。
その瞳の強さに、私は圧倒される−−−。

俊平は、「嫌がっても絶対、連れていくから」と最後に付け加えた。
私は、もう堪えられなかった。
その場から逃げるように駆け出して、改札口をくぐり抜けた。そのまま駅の人混みに紛れ、俊平の突き刺さるような鋭い視線から逃れた…。


それが、最後。

あの日を最後に、彼からの連絡はふっつりと途絶えた。貰ったウィークエンドのフレグランスも、部屋のチェストの奥に追いやった。

彼は別れ際、迎えに行くと言った。
待っててくれ、とは言わなかった。

必死に忘れようと努力した。

けれど、『待っててくれ』と言われてもいないのに、私は、もしかしたら、心のどこかで、俊平が迎えに来てくれるのを、本当はずっと、ずっと、待っていたのかもしれない…。

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