《MUMEI》
特訓開始
「なぁ…」

「背筋曲がってます」

「あ、ごめん」


俺は、今


劇で一番多い動作


椅子に腰かける


立ち上がってお辞儀をする


を、繰り返していた。


時代設定が明治から大正とあって


着物なのに、椅子やテーブル、暖炉のある部屋でコーヒーを飲むシーンや


洋館でパーティーに参加するシーンがあるのだ。


(まぁ、パーティーはドレスもいるし、男は基本的に洋服だけどさ…)


不公平だと思いつつ、俺は特訓を続けていた。


「足も開かない」

「はい」


椅子に座った俺は、慌てて足を閉じた。


ちなみに


畳に椅子は置けないから、今俺と吉野は廊下で特訓中だ。


「では、次は庭を歩いてみましょうか」

「あ、うん」


実際の劇では噴水がある洋風庭園の設定だが


吉野家は、もちろん日本庭園だった。


(暑い…)


薄手の訪問着に日傘をさしていても、やはり暑さにめまいがした。


その隣で、同じ格好の吉野は平然としていた。


「庭、好きなのか?」


どこか嬉しそうな吉野に俺は話しかけた。


「…えぇ」


吉野は、一本の木を優しく撫でた。


木には、いくつか線が刻まれていた。

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