《MUMEI》
言葉責め
細い道を逃げる偽刑事。あきらが鋭い目で追う。
男はポリバケツに足を引っ掛けた。
「痛ッ」
あきらは落ちた蓋を拾うと、高く投げた。
「わあ!」
いきなり目の前に蓋が現れたので、男は驚いて止まってしまった。
あきらが背中に飛び膝蹴り!
「があ!」
前のめりに倒れ、両手をつく男。あきらはすかさず顔面にキック!
「あああ!」
仰向けに倒れる男のボディを踏みつける!
「ぐっ…」
「愛梨はどこだ、言え!」
「あいりってだれだ?」
「貴様」
「うるせえ!」
男はあきらの足を掴むと捻った。あきらは上から顔面に右ストレート!
「あっ…」
気絶してしまった。あきらは慌てた。
「起きろ、起きろ!」
男はびくともしない。
あきらは左右の道を見る。愛梨のことを考えると、心臓が止まる思いがした。
彼女は浴衣姿だ。そんな格好で悪どい連中にさらわれることが、どれほど危険なことか……。
その頃、愛梨は。
浴衣姿のまま、高い鉄棒のようなところに両手を縛られ、両足もダンベルに繋がれていて、完全に無抵抗。
男たちに囲まれ、神妙な顔をしていた。
「また会えたな。愛梨」
今度はだれも覆面をかぶっていない。
「会いたかったぞ。美人は好きだ」
この声はボス。40歳くらいか。やや長い髪に白髪が混じる。黒く丸いサングラスをかけているが、端正な顔立ちに見えた。
愛梨は身じろぎした。
「俺の名前は佐藤。安心しろ。ひどいことはしない」
「…佐藤さん」
「愛梨。一つ質問していいか?」
愛梨は生きた心地がしない。
「何ですか?」
「女の子は、浴衣の下に下着は着るのか?」
知ってて聞いているのだろうか。愛梨は震えた。
「下着は、着ています」
「なら、浴衣を脱がしても大丈夫だな」
「いや、ダメです」
佐藤は男たちに言った。
「おい。彼女は汗をかいている。暑いそうだ。浴衣を脱がしてやれ」
愛梨は慌てた。
「暑くなんかありません。やめてください!」
男二人は愛梨の帯に手をかけた。
「待って、待ってください!」
待ってくれた。
「どうした?」佐藤が聞く。
「あの、実は、浴衣の下は、何も…」
佐藤は笑みを浮かべ、男たちの目は怪しく光った。
「ほう。すると、浴衣の下はすっぽんぽんか?」
愛梨は唇を噛んだ。怖過ぎる。
「愛梨。じゃあ、浴衣を脱がされたら、女の子としては、かなり困ることになるのか」
佐藤は帯に手をかけると、ゆっくり引いた。
「いや、それだけは!」
「裸は恥ずかしいか?」
「恥ずかしいです。耐えられません」
息づかいが荒い。佐藤は優しく帯を結び直すと、愛梨の耳もとで囁いた。
「大丈夫。レディに恥をかかせるようなことはしない」
耳に軽くキスをしようとしたので、愛梨は激しく首を振って遮った。
佐藤は怒ったのか、愛梨の顎を指で掴むと、グイッと上向かせた。
「あっ…」
「生意気な態度を取るなら、痛い目に遭わすぞ」
「ごめんなさい」
謝るしかなかった。意地を張って取り返しのつかないことをされたら意味がない。
勇気と蛮勇は違う。
「よし、本題に入ろう」
佐藤がそう言うと、ガラガラとキャスター付きの机が押されて来た。
机の上にはノートパソコンが置かれている。愛梨は足がすくんだ。
(嘘…。あたし、ここで暴力に屈するの?)
それはあまりにも悔しい。愛梨は今さらながら思った。暴力で言うことをきかすのは卑怯だ。
愛梨は顔を紅潮させてパソコンを見つめた。
佐藤はゆっくりイスにすわると、パソコンを操作した。
「愛梨。パスワードだ」
「え?」
「パスワードを教えてくれ」
「今さらブログを閉鎖しても、意味がないと思います」
佐藤が睨む。
「裸を晒したいか?」
愛梨は焦った。
「違います、違います。つまり、探偵に、黒幕が漫画家だということはバレています」
部屋に不穏な空気が流れた。
「漫画家…」
バレている。佐藤は深刻な表情を見せた。

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