《MUMEI》

私はそっと、目を閉じた。



ねえ、俊平。

あなたは今、どこにいるの?

今でも元気に、夢を追いかけている?
あなたの夢は叶ったのかな?

私は、今、ここにいるよ。

ずっと、ずっと、ここに…。



《…次は、御茶ノ水ー、御茶ノ水です…》

車掌アナウンスに驚き、私は飛び起きた。
御茶ノ水?
この電車に乗った地元の駅から、だいたい20分程のところだ。
キョロキョロと、慌てて周りを見回す。
ずいぶん寝込んでしまったらしい。

それにしても、御茶ノ水、か。

私は戸惑う。
御茶ノ水は私が通っていた学校がある場所だった。辞めて就職してからは、一度も立ち寄ったことがない。

どうでもいいことを、思い出してしまいそうで。

電車がブレーキをかけ、その負荷が私の身体にものしかかる。
駅が近くにつれ、何故か心臓が高鳴る。

どうして…。
どうして心がこんなに揺れるのだろう。

私の中の誰かが、『降りろ』と命令している。

どうして?

抗うことも出来ず、私はシートからゆっくり立ち上がる。
電車はホームに流れ込んでいき、車窓からホームで待つ人々が見える。

そうこうしている内に、電車が止まり、扉が勢いよく開いた。

私は、ゆっくりとそのホームに降り立つ…。その足が、震えていた。
ホームの中程で立ち止まり、大きく空気を吸い込んだ。
冬の、寂しい匂いが、した。

私と入れ違いに沢山のひとが電車に乗り込んでいく。
ぼんやりと立っている私の背後で、扉は固く閉ざされた。そして、電車はゆっくり走り出す−−−。

私は顔を上げ、改札口へ続く階段を睨んだ。

これは、きっと決別なのだ。
私のこの、閉ざされた想い出に、ケリをつけるための、その試練。


大切なひとと、ちゃんと前を向いて、ともに歩いていくために。


意を決して、私は一歩を踏み出した。




沢山のひとでごった返す駅を出る。
向かって右手にある橋は渡らずに、駅の出口の正面に、緩やかに広がる上り坂へ迷うことなく向かう。
サラリーマンや学生とすれ違いながら、私はとても緊張していた。
この街に来たのは、およそ4年振り。
街並みは、あの頃とあまり変わっていない。もちろん新しく出来たお店や、取り壊されてしまったビルも、中にはあるけれど、大きな違いは、見当たらない。
そのおかげで、迷子になることはなさそうだ。

幾分安心した私は、颯爽と歩き出す。

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