《MUMEI》 歩道の脇に植えられた葉っぱの無い街路樹は、厳かな様子でそびえ立っていた。 これらは銀杏の木々で、秋になるとまばゆいばかりの山吹色に葉を染め、黄金の並木道になるのだ。 秋風に弄ばれ、舞い落ちる金色の葉っぱを眺めるのが大好きで、空を見上げながら、俊平の隣に並び、この道を歩いた。 想いを馳せながら、私は前へ進む。 坂道の中程まで来ると、斜度が急になり、登るのが苦労するほどだ。 その坂の、すぐ脇には教会があり、日曜日にはミサをやっていた。 その賑やかな様子を、よく俊平と一緒に眺めていたのだが。 私は一瞬、目を疑った。 かつてその教会があった場所は、さら地となっていて、建設会社のフェンスに遮られていた。 私が気付かないうちに、確実に、時が流れていたことを、痛感する。 俊平と過ごしたあの日々には、もう戻れないのだ、と。 上り坂が途切れ、そこに建っている大手予備校を境に、今度は一転、下り坂になる。 予備校を通り過ぎ、そのまままっすぐ歩みを進めていくと、やがて、古いビルが見えてくるのだ。 もうだいぶ、老朽化が進んだ、お世辞にも綺麗とは言えない建物。 地上4階、地下2階の造りで、極端に狭くなく、極端に広くもない、ビル。 それを見上げて、懐かしさに胸が震え出す。 とうとう、来てしまった…。 私と、俊平が出会った、この学校へ−−−。 4年前…俊平に別れを告げたあの時から、ずっと、私が目を背け、逃げ続けていた彼への想い。 開花することなく、散ってしまった弱く儚い花のような。 その想いに、今日、ピリオドを打つ。 表情を固くして、私は思い切ったように、学校の中に足を踏み入れた。 ひんやりとした空気が立ち込める、薄暗い廊下には私の靴音だけが響く。授業中なのだろう。ひっそりと静まり返っているのが、やけに不気味に感じた。 内装も老朽化し、壁は薄汚れていて、さらにあちらこちらに、無惨なひび割れも見受けられた。 重厚感のある教室のドアは、鉄製の引き戸で、ドアの開閉に苦労していたのを思い出す。玲子なんかは、ある時、『ドアが重過ぎる!』と事務所にクレームを入れたこともあったっけ…。 当時の彼女の物凄い剣幕を思い出し、少し笑う。 懐かしい…。 不思議と心は穏やかだった。 ここに着くまでは、不安で不安で堪らなかったのに。 今では足取りも軽い。 軽快な歩調で、廊下を進む。 長い廊下のその先に、突き当たりに広けた部屋がある。 躊躇うことなく、私はその部屋に滑り込んだ。 そこには沢山のテーブルと椅子が並んでいて、その部屋の奥には売店とパン屋が並び、自販機も数台置かれている。 昔と変わらない、カフェテラスの姿に、私は感動すら覚えた。 カフェには数人の生徒と思しきひとたちが、椅子に腰掛けて黙々と勉強をしているようだった。誰ひとり、私の存在に気付かない。 そんな彼等の姿に、昔の私の幻影が重なって見える。 あの頃は、私も周りのひとに無頓着で、自分のことだけに、その情熱を一心に注いでいた。 今、ここにいる彼等のように。 前へ |次へ |
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