《MUMEI》
ここに、いる
私は彼等から目を逸らし、ゆっくり窓の方へ視線を流した。

一面ガラス張りの、その窓際に、あのテーブルが、あった。誰も座っていないそのテーブルは、不思議な存在感を放ち、誰も寄せ付けないようなオーラを感じた。

まるで、ずっとそこで、私がやって来るのを待ち構えていたかのように。

私はゆっくりと、そのテーブルに近づき、椅子に手をかける。

あの頃と変わらない手触りに、胸が切なくなった。

ゆったりとした動作で、その席につく。

昔と何一つ変わらない、その風景。
けれど、明らかに昔とは違う雰囲気を、私は感じ取っていた。

終わっているのだ。
私の輝かしい想い出も、あの頃描いていた夢も、俊平と過ごした時間も。

私だけが、過ぎ去った時間に取り残されたまま。
私だけが、この想いを、終わらせることが出来ずに。

虚しい気持ちが押し寄せてきた時、突然、バッグの中の携帯電話が震え出した。
慌てて電話を取り出し、携帯を開く。

玲子からの着信だった。

このタイミングに驚きつつも、私はすぐに通話ボタンを押して、電話を耳にあてた。

「もしもし、玲子?」

尋ねると、玲子の少し疲れた声が聞こえてきた。

「急にかけてゴメンね。今、話してて平気?」

彼女の声の向こう側から、けたたましい警笛と、電車の走る音が響いてくる。おそらく玲子は今、駅にいるのだと察しがついた。
私は「大丈夫だよ」と答えてから、尋ねる。

「今、外にいるの?今日、仕事だったの?」

私の質問に、彼女はうんざりした口調で「当たり」と答えた。

「土日は観光客が多くてね〜。大変だったわ」

玲子はフリーで、外国人観光客のガイド通訳をしている。
はとバスツアーや、都内の観光案内など、訪れる場所は様々なようだ。

ぼやきを聞き、「お疲れさま」と私がねぎらうと、玲子はハッと何か思い出したように、「そんなことはどうでもいいのよ!!」と声を大きくする。

「おととい、二人で飲んだ時、言いそびれたんだけど」

「言いそびれた?」

私は眉をひそめる。何のことだろう。
思い当たるふしが無い。
玲子は慌てた口調で続けた。

「落ち着いて、聞いてよ?」

「玲子の方がテンパってるじゃん」

冷静な声で返したが、玲子はあっさり無視して、言った。

「おととい瑶子と会う前に、連絡があってね…」

「連絡?」

「誰から?」と先を促すと、玲子は固い声で、躊躇いがちに、続けた。

「あのね…実は−−−」

だが、彼女が話し始めたのと同時に、重々しい大きなノイズが響いて、彼女の声を掻き消した。おおかた電車が通過したのだろう。おかげで重要なところが全く聞き取れなかった。

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