《MUMEI》

しばらく沈黙が続いたあと、利光が小さく咳をした。
「・・・そろそろ、帰ろう。仕事が溜まっているからな。」

菊若もふわりと、笑った。
「はい。それでは、表までお見送りを・・・。」

「いや、ここでいい。」

でも、と言いかける菊若に、利光ははっきりと首を振った。

「ここでいい。」

そのまま、障子に手を掛ける。ふと、何かに気付いたように、菊若は声をあげた。

「利光さん・・・。」

振り返る利光に、軽く首を傾げて見せる。

「本当に、それだけですか?」

今度は、利光が首を傾げる番だった。

「どういう意味だ。」

「そのままですよ。正吾さんの様子がおかしいのは、それだけですか?」

菊若の目の光は、冷たい。利光は一瞬瞳孔を開いてから、小さく呟いた。

「・・・それだけだ。」

バタバタと、足音が遠ざかる。菊若はふと、ため息をついて笑った。

「嘘つき。」

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