《MUMEI》
女ランボー
あきらと宏は、慎重に廊下を歩いた。
後ろからあきらが言う。
「おい」
「僕の名前はおいじゃない。宏だ。ヒロくんでいいよ」
「アホか。おまえ、気利かして服をあたしに渡すとか考えないのか?」
宏は振り向いてあきらの姿を見た。セクシーなブルーの下着姿に見とれた。
「そのままのほうがいいよ。出血大サービス。男の裸なんかだれも見たくないだろうし」
「そういう問題か?」
足音。
「だれか来る」
あきらは小声で言うと、宏の腕を引いて掃除道具置き場に隠れた。
「いいか。おまえが先に出ろ。そのあとあたしが一撃で仕留める」
「過激だなあ。さては夜寝る前ハードボイルド小説を読んでいるだろ?」
「悪いか」
足音はこちらに近づいてくる。緊張の一瞬。
「おい」
「僕の名前はおいじゃない。宏と名前で呼ばないと一歩も動かないよ」
「死にたいか?」
しかし宏は笑顔。あきらは諦めた。
「宏行け」
「お、いいねえ。呼び捨てって結構ドキッと来ない?」
あきらは答えない。宏は外に出た。
「お、宏!」
「後藤さん、それは何ですか?」
「彼女の着替えだ。もう佐藤には愛想つかした。これを彼女に返すんだ」
宏は驚いて言葉が出ない。
「彼女はまだ縛られたままか?」
あきらは姿を見せた。
「のわった!」後藤は目を丸くする。
「後藤さん、ありがとうございます」
お礼を言うあきらを笑顔で見つめると、後藤は服を手渡した。
「警察に通報した。刑事が来るまでどこかに隠れてな」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるあきらを、宏は不思議そうに見ている。
後藤はあきらの肩を軽く触った。
「あきらチャン。惚れたぜ」
どさくさに紛れて告白すると、後藤は素早くその場を去った。
あきらは服を着た。
「何で後藤さんにはあんな丁寧なんだよ?」
「あたしがスタンガンで攻められそうになったとき、体張って助けてくれたんだ」
「なるほど」
「どこかのだれかみたいに、スタンガンで脅して謝罪を強要する奴とは違う」
「そんな卑劣な奴がいるのか。ぶん殴っていいよ、がっ…」
軽く左ジャブが入った。宏は顔を両手で押さえる。あきらは構わず先を急いだ。
宏が後ろから言った。
「あの部屋に愛梨がいる」
「見張りは?」
「一人だ。でも強い」
「まさかコングじゃないだろうな?」
「そのまさかだ」
さすがのあきらも躊躇した。今度は本当に参ったなしだ。負けたら容赦なく犯されてしまう。
「どうするあきら?」
「呼び捨てにするな」
一方、佐藤と子分は、強気の刑事二人に舌を巻いていた。
ずかずかと無遠慮に歩き回り、あちこちのドアを無断で開ける。
「刑事さん。捜査令状はあるんですか?」
「知ったかぶった口を叩くな」
そう言うと、小部屋を覗き、乱暴にロッカーを開け、机の上の書類が下に落ちても拾わない。
佐藤は怒った。
「刑事さん。一般市民にこんな扱いしてもいいのか?」
「善良な市民みたいな口を聞くな悪党」
ここまで言い切るということは、何か確証を掴んでいるとしか思えない。
佐藤は子分に目で訴えた。いざとなればやるしかない。
刑事が2階へ上がろうとする。佐藤は慌てて言った。
「2階には硫酸がある。タンクに満タンだ。頭からかぶっても自己責任だぞ」
刑事はあっさり上りかけた階段を下りた。
「そいつはまずいな」
刑事は階段の下辺りを見た。佐藤たちがホッと胸を撫で下ろした瞬間、二人の刑事は階段を駆け上がった。
「しまった!」
あきらが見つかる。まずい。血相変えて刑事を追う。
ベッド。
「!」
あきらも宏もいない。
刑事は携帯電話でだれかと通話した。
「わかった。すぐ戻る」
強気の刑事は、佐藤を睨むと、言った。
「邪魔したな」
刑事が帰ったあと、佐藤はベッドを見つめた。
「女を探せ。宏はどこかに縛られて閉じ込められてるだろう」
佐藤は溜め息を吐いた。
「女ランボーめ」

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