《MUMEI》

雑誌の片隅にぽつんとあるような、小さな記事の為に、あちこちに出張する毎日。
朝早くから、夜遅くまで続く撮影。
フィルムを何本も使って、ようやく納得できる渾身の一枚を提出しても、あっさりボツにされることもしばしば。

会社のボスに、突き返された写真の束を見つめて、その度に俺は、思います。

…違う、こんな筈じゃなかった…俺が目指していたものは、こんなちっぽけな仕事じゃなかった筈なのにって。


『夢を追いかけたい』


偉そうに言ったくせに、このザマです。
そして、俺の実力は所詮この程度だったのでしょう。

昔、何を夢見ていたのか、どんな未来を描いていたのか。

今となっては、もう思い出せません。


そんな風に、働き始めてから理想と現実のギャップに悩み、苛まれ、自暴自棄になっていた時期もありました。

正直に言うと、日本に逃げ帰ろうかと本気で考えたことも、一度や二度…いや、数え切れないほどありました。

それでも、辛い毎日の中、自分を見失いそうになっても、こっちで頑張っていられたのは、瑶子との想い出があったからこそです。

どんなに大変でも、どんなに嫌なことがあっても、瑶子の写真を見ると不思議と力が沸いてきて、また頑張ろうって気になれました。

二人で一緒に過ごした、あの美しい日々が。瑶子が俺に見せた、あの眩しい笑顔が。
ウィークエンドの、あの香りが。

心の中の、瑶子の存在が、俺の支えでした。


そして、思い知るんだ。


俺には瑶子が、必要なんだって。

瑶子が傍にいてくれたら、どんな困難も乗り越えられそうな気がします。瑶子が隣で笑っていてくれたら、どんな理不尽なことも受け入れることが出来る気がする…。

すぐにでも、瑶子の声が聞きたかった。
何度、瑶子に電話をかけようとしたか、分かりません。

でも、最後まで、電話番号を押すことが出来なかった。

瑶子を傷つけた俺には、そんなことを言う資格は無い。
瑶子のことを、ずっと放って置いたくせに。
ありのままの気持ちを伝えたとして、一体どうなる?

もし、拒絶されたら?
はっきりと、もう過去の話だと切り捨てられたら?


急に、怖くなりました。
怖くて、メールも電話も、何一つ出来ませんでした。


俺は、弱い人間です。
弱くて、わがままで、馬鹿な、とんでもない臆病者です。

…白状しますと。
5年前のあの日から今までに、ビザの更新の為、何回か日本に帰国していました。

連絡しなくてごめん。
どうしても、出来なかった。

会いたいくせに、瑶子に拒絶されて傷つくのが、本当に怖かった。

自分のことしか考えていないんです。
我ながら最低だと、思います。

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