《MUMEI》
終わり 〈おれ〉
記憶は、消さない。


蓬田が消したいと言っても、おれだけでも覚えていたい。



おれだけが記憶を残すことがどんなに苦しくても、
蓬田を好きで苦しい気持ちより、



蓬田を好きで嬉しい気持ちのほうが、断然強い。



―…そのくらい、あの毎日の記憶は大切だった。



「…蓬田は、自分の好きにしていい。
おれが勝手に記憶残してたいだけだから」



蓬田を見てそう言うと、
蓬田はぶんぶんと首を横に振った。



「ううん、ううん!!
…私も、記憶を残してください!!」



蓬田が空に向かってそう叫ぶと、
いきなり強い風が吹いた。


風に混じって、あの太い声が響く。



『可笑しなものだな、人間という生き物は。
望みどおり、記憶は留めよう。それから―…
…それから、こちらの掟も見直さなければな。

息子が迷惑をかけた。ではまたの機会に』



それから、あの澄んだ声。



【本当に、ありがとうございました】




風が止んだとたん、虫達が一斉に鳴きだした。



しばらく呆然と立ち尽くしていたおれ達は、
互いに見つめあうと、ぷっと吹き出した。



「…なんか、―…終わったな」


「うん。―…終わったね」



現実では考えれられないことばかり起こって、

普段やらない、慣れないことばかりやることになって、

喋ったこともなかったやつをすげえ好きになって。



―…ああ




もう全部、






終わったんだな。

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