《MUMEI》
私の想い
私は戸惑う。自分の気持ち。伝えていない。そんなこと、考えてすらいなかった。
だって、必要ないから。
私達は終わってしまった。これ以上は、なにも続かない。
それなのに、何を伝えろというのだろうか。

電話越しに、玲子は静かに言い聞かせた。

「俊平は、自分の気持ちをさらけ出したんでしょう?だったら瑶子も、自分の想いを彼に話すべきだわ。例えそれが、彼を拒絶するものだったとしても…きちんと伝えなきゃ」

「でも、私達は全部終わって…」

「瑶子は、ね。もう割り切ってるのかもしれないけど。俊平はどうかしら?」

私はたじろぐ。「どういうこと?」と尋ねると、玲子は一息置いて言った。

「このままサヨナラしたら、きっと、俊平の心は中途半端なまま…ずっと瑶子の影を追いかけてしまうわ。昔の瑶子みたいに」

私はハッとした。
そうか。
今の俊平は、5年前の私と同じなのだ。
彼を想う気持ちだけが空回って、宙ぶらりんのまま、時間だけが流れた。
玲子は「…わかるわね?」と念をおすように言う。

「17時15分発、ユナイテッド航空…NY行き」

突然そう言われて、一瞬、意味が分からなかった。玲子は続ける。

「俊平から、連絡あった…今日、帰るって」

私の意識が、遠退く。
今日、帰る。
俊平が、アメリカに、帰る。

「多分、ホントは瑶子に言いたかったのよ。でも言えなかったんでしょう…でも、私のお節介も、ここまで」

私は、黙り込んだ。
玲子の声は、最後に、こう締めくくった。

「どうするか、選ぶのは、瑶子だわ…」




俊平の想いか、啓介の想いか。
いつかの未来に、アメリカについて行くことを、約束するのか。
それとも、結婚をして、日本でしっかり根を張って生きていくのか。

選ぶのは、私。


他でもない、この私…。




動く気にならず、私は自分の部屋でぼうっとしていた。
何も考えられなかった。何も考えられないまま、時間だけが無駄に過ぎていった。

私は、携帯電話を見た。

啓介からの連絡は、未だに無かった。
声が、聞きたい。ずっと、そう思っている。
啓介の呑気な抑揚を聞いて、このざわついたこの心を、落ち着かせたい。

でも、今は。
その時では、ないのだ。
その前に、私にはやるべきことが、ある。

次に、私は壁に掛かっている時計を見た。

14時半だった。

そろそろ家を出ないと、俊平の乗る飛行機に間に合うかどうか、微妙なところだ。
運が良ければ、チェックインカウンターで、彼の姿を見つけられる。

そのあとは?

彼の姿を見つけられたとして、そのあと、どうすれば良いのだろう。

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