《MUMEI》
週末には
顔を上げて、出発便のボードを見た。
一番上にあった、17時15分発の飛行機。左端には『搭乗中』のプレート。

それが、パラパラ…と微かに音を立てて、一気に順序が入れ代わる。

ボードからは、ニューヨーク行きの飛行機が消え、違う国へ向かうものが一番上になっていた。

私は両手で顔を覆い、神さま…と祈った。


私は。

私は俊平が、本当に好きでした。

けれど、彼の気持ちを信じることが出来なくて、2度も別れを選んでしまいました。

もう少し、大人だったら…また、違った答えを出せたのかもしれないけれど。

今の私は、俊平についてはいけない…。


神さま、お願いです。

私の、この燻っている想いを、あのひとに伝えてください。

私が、本気で、あのひとを愛していたことを。彼だけが私の、心の支えであったことを。

それが、紛れも無く、あの頃の私の、真実の気持ちだったことを。



ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

そして、…さようなら。



私の指を伝って、涙の雫が、つぅー…と一筋、流れ落ちた。

バッグの口から覗いている、ウィークエンドの箱のイエローが、鮮やかさを失ったように見えた。




それから、数日が経った、夕方。
私は、仕事帰りのサラリーマンで賑わう、乃木坂のオフィス街を歩いていた。

地下鉄の駅から歩いて10分くらいのところにある、ビル。そして、その入口の前に置かれているベンチに腰掛けた。

日は暮れて、ずいぶん暗くなっている。それに寒い。空を見上げた。
雲は厚く、どんよりとしている。もしかしたら、これから雪が降るのかもしれない。今思えば、そんなことを、朝、天気予報で言っていたような気がする。
このベンチから、ミッドタウンのビルがライトアップされているのが、遠くに見えた。

ぼんやりと、その風景を眺めていると、エントランスからパラパラと数人の男女が出て来た。彼等はそれとなく挨拶しながら、それぞれの向かう方へ、別れ別れになっていく。


その中に、見つけた。
待ち続けていた、そのひとを。


私は立ち上がった。
そして、はっきりした声で、呼びかける。


「啓介!」


彼等の内、一人が立ち止まった。まるで魔法がかかったように、私の声に合わせてピタリと足を止めたのだ。
彼は、ゆっくり振り返り、私の顔を見ると信じられないというような顔をした。

「瑶子…?」

どうして、と譫言のように呻いた。私は眉をひそめ、ヅカヅカと彼に近寄った。

「なに、その反応?ユーレイでも見たような顔して」

失礼しちゃう、とわざとらしくため息をついて見せると、啓介は戸惑ったように言葉をさがした。

「一体、どうしたんだよ。会社まで来るなんて…オフィスにいたから良かったけど、外回りで直帰だったら、お前、待ちぼうけだったぞ」

その言葉に、私はあっさり答える。

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