《MUMEI》

「へーき。待つのは得意だから」

啓介は意味が分からないのか、「は?」と首を傾げた。私は肩を竦めて見せる。

「今日は、アポイントを取りに来たのよ」

眉をひそめている彼の手を、そっと包んだ。固くて大きい、男の手だった。この手で、彼は、私を何度愛してくれたのだろうか。何度、護ってくれたのだろうか。

今まで、そんなこと、考えもしなかった。

きっと、俊平が、気づかせてくれた。
これから前に、進むために、必要な、気持ちを。

啓介の手をギュッと握って、私は言う。

「私と一緒に、週末を過ごしてくれませんか?」

啓介は、目を大きく見開く。私は、微笑んだ。

「これから先、繰り返しやって来る、あなたの週末を、私にください」

何度でも、何度でも。
それは、永遠に。
私達の絆が、続く限り。


あの『ウィークエンド』で感じるような、バーチャルの週末は、もう、いらない。

私が欲しいのは、リアルな温もり。

これから一緒に、歩いて行きたいそのひとの。


「私の気持ちは、ここにある」

そう断言した言葉を啓介は、黙って聞いていた。何も答えないけれど、私の手を振り払うことは、しなかった。
私は、微笑んだまま、「もし、OKなら」と言った。


「私をギュッとしてください」


言い終えたのと、同時だった。
啓介が私の身体を、力いっぱい引き寄せたのは。
冷たい風にさらされていた頬が、ぱあっと熱を帯びていく。

彼の体温に、彼の胸の音に、彼の息遣いに。
私は、安心した。
心が、穏やかになっていく−−−。

私は、ゆっくり、瞼を閉じた。
睫毛の合間から溢れた涙が、ゆっくり、こぼれ落ちた。




あのあと。

エントランス前で抱き合っていたから、「会社で凄い噂になってしまって大変だった」と、啓介から聞いた。嫌そうな口ぶりのわりには顔がニヤけていたから、満更でもないのだろう。

相変わらず、素直じゃない。
私も、啓介も。


私達はもうじき結婚する。
桜が咲き乱れる、柔らかい季節に。たくさんの人達…お互いの家族や、友人達に祝福されて。


これから繰り返す、たくさんの週末を、二人で過ごしていきたいから。






*****



数年後−−−。

新宿駅近くの大型書店。女子高生が、二人、新書の平積みコーナーで新作をチェックしている。
そのうちの、一人の少女が、おもむろに一冊の本を手にとった。

「新しいフォトブック、出てる!」

買わなきゃ!との、嬉しそうな友の声に、もう一人の少女がその本を覗き込んだ。そして、「ホントだ」と相槌を打つ。

「良いよね〜、『シュン』の写真。自然な感じがするから癒される」

「アメリカで頑張ってプロのカメラマンになったんでしょ?この前、テレビで特集してた」

言いながら、二人は表紙をめくると、その、中表紙に、載っていた写真。

名前も知らない少女が、防波堤の上であぐらをかき、満面の笑顔を浮かべている。

その下に一言、プリントされてあった。


『親愛なる《同志》に捧ぐ』


めくられた表紙の左下には、『Syun.M』の文字。そして、写真集の題は。


『Week−end』


かつての、二人の想いを、叶えた、『あのひと』の−−−。




−FIN−

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