《MUMEI》
夏休みの前に
仏頂面の私の隣で、彼の伸びやかな声が聞こえた。

『将来のことなんか、はっきり言ってわからない。それでも俺は、あいつの笑顔を守ってやりたいんだ。それが、俺の正直な気持ちだから』

私は彼の顔を見た。
清々しい笑顔。

私の中で《何か》が生まれた。


その瞬間から、彼と彼女は、私の『夢』になった。

永遠に、醒めることのない、幸せな『夢』に−−−−。




7月。
すっかり夏になり、一年で一番欝陶しい季節が巡ってきた。けたたましく無くセミの声が、耳に纏わり付いて離れない。

終業式を終えて、私はクラスメート達とともに、教室で担任がやって来るのを待っていた。

明日から夏休みということもあり、みんななんだか浮足立って、楽しそうだ。口々にこれからやって来るバカンスの計画をしきりに自慢しあっている。

今年はパリのオペラ座に行って…/あたしは西海岸の叔父さまの所に…/いいなぁ、ウチは毎年ハワイだからさ…。

次から次へと流れ込んでくる自慢話に私は心底うんざりした。

何が、パリのオペラ座だ。
何が、西海岸だ。
毎年ハワイが、一体どうしたっていうの?

心の中で毒づきながら、しかし顔には満面の笑顔を浮かべて、「いいなぁ、うらやまし〜」と、感じよく適当な相槌を打つ。

私の通う高校は、世間で呼ばれるところの「総合高等学校」だった。
普通科、外国語科、それから芸術科の大きく3つに別れていて、普通科は人文コースと理数コース。外国語科は英語コースとその他外国語コース。芸術科はさらに、美術コース、書道コース、音楽コースに細分化されている。
ここの生徒達は進むべき将来の為に、それぞれの学科に合わせたカリキュラムで勉強をするのだ。

その中でも特に力を注いでいるのは芸術科で、県内外の中学校から、有能な生徒がヘッドハンティングされてきて、水準の高いクラスが構成されている。そのため、クラスメートのほとんどが、推薦で入試を受けて入学するので一般入試組は、ごく僅か。もちろん倍率もぐっと高くなる。

そして、私はその芸術科音楽コースに一般入試で入った、極めて貴重な生徒だった。

入学してからもう半年以上経つのに、未だ心を開くことが出来る友達を作れずにいた。

一般入試で入ったことも理由の一つではあるが、それよりもクラスメート達との『格差』に戸惑っているからだ。

クラスのほとんどは、誰々というジャズピアニストの娘だとか、有名な楽団の指揮者の甥っ子だとか、宝塚歌劇団に昔母親が属していたとか、いわゆる『血統書つき』のお嬢様や御曹司で、彼等の世間離れしたライフスタイルに、入学した当初は目を白黒させていた。

私は、といえば。

この学校から、電車で20分程離れた田舎町で生まれ育った。若い頃、バイオリニストを目指していた母親は、その夢に破れ、結婚したあと、自宅で近所の子供達相手に、ピアノとバイオリンの音楽教室を、細々と営んでいる。

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