《MUMEI》

親譲りのズバ抜けた音楽の才能。端正なハーフ顔の恵まれたルックス。
そして、それを一切鼻にかけない、明るくフランクな人柄。

そんな如月先輩が、人気者でない筈がなかった。

先輩に憧れて入学する者も少なくない。在学する生徒の中でも、彼を神さまのように崇拝する『信者』もたくさんいた。

それは音楽コースのみならず、他の学科の生徒にも、『如月信者』がいるとの噂もある。

そんな物凄いひとだから、もちろん話なんかしたことは一度もない。カッコイイと噂のわりに、顔だってよく知らない。

生きる、世界が違うひと。

絶対、手の届かないひと。雲の上の、そのまたずっと上に、いるような、ひと。
そんな感じ。

卒業を控えている先輩は、すでにたくさんの楽団や大学からラブコールを受けていて、まさに前途洋々…将来を約束された彼は、この高校の期待の星だった。


その如月先輩が、学校を、辞める?
受験生にとって大事な、今の時期に?
一体、どうして?


「辞めるって、なんで!?」

ほとんど叫ぶように聞き返したのは、『如月信者』と名高い、中原 絢香だった。
彼女は専攻が私と同じバイオリンで、よく選択授業が被るのだが、あまり、好きなタイプではなかった。
姐御肌で、面倒見がよくて、クラスのまとめ役。
そんなイメージで通しているつもりかもしれないが、私に言わせれば、ただの『お節介なオバサン』という感じだ。
頼んでもいないのに、何かにつけて他人の世話を焼きたがる。相当の頑固で自分の意見を絶対に曲げない。

そんな絢香の存在に、私は正直、うんざりしていた。

その絢香が、「デマでしょ!?」と物凄い形相で知らせに来た女子に詰め寄った。
しかし、彼女は首を振る。

「先生達がすっごい慌ててたの…如月先輩が退学届を提出したって」

また、クラスがざわついた。みんな信じられないといった顔付きだ。

そんな中、私だけは冷静に−−と言うより冷めた目で−−この騒ぎについて考えた。

学校や、両親や、知らないひと達から、将来を期待されていた、彼。

朝から夕方までひたすらレッスンに明け暮れる。
あちこちのリサイタルに呼ばれ、『客寄せパンダ』の扱いを受ける日々。

嫌気がさしていたのかもしれない。
何のために、音楽を学んできたのか、分からなくなってしまったのかも。

周囲が勝手に盛り上がり、勝手に期待をして、それを勝手に押し付ける。
自分の意に反して、勝手に物事が進んでいく。

その時の、何ともいえない、空虚感。
心が、ここに、無いような。


少し、分かる気がした。


一向に静まることのない教室に、ようやく担任が現れ、席に着くようにと生徒達に注意する。

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