《MUMEI》

クラスメートが、ダラダラと自分の席に戻る中、絢香が凛とした声で担任を呼び、そして唐突に尋ねた。

「如月先輩が学校辞めちゃうって、本当ですか?」

ストレートな言い方に私は呆れる。もっと他に言い回しは無かったのだろうか。
クラスメート達は固唾を飲んで、担任の言葉を待った。
しかし、担任は深いため息をついて、「何かと思えば…」とボソッと呟いた。それから顔を上げて、クラス中を見渡す。

「他人のことより、自分のことを心配するべきじゃないですか?」

絢香は少し、たじろいだようだった。担任は教壇まで移動し、さらに追いうちをかける。

「明日から夏休みですが、毎日の個人練習は欠かさないように…レッスンを希望するものは、あとで私の所まで来なさい。希望日時と担当講師のヒアリングをします…」

担任は淡々と指示をした。絢香はバツが悪くなったのか、口をつぐむとそれきり先輩のことは言わなかった。
ほかのクラスメート達も、とばっちりをくらうのは嫌なのだろう。先輩の退学について尋ねる者は、誰もいなかった。

あれだけの有名人なので、全然気にならないといえばウソになるが、私は絢香のように『如月信者』ではないし、第一、如月先輩とは関わり合いが全くなかったので、退学すると聞いてもあまりピンとこなかった。

結局、担任は先輩について何も教えてくれなかった。
彼は「成績表は自宅に郵送する」と説明したあと、最後に笑顔で、こう、締めくくった。

「良い休暇を!」





私は人気の無くなった長い廊下を歩いていた。靴音だけが寂しそうに響く。
外は明るい季節だというのに、心は一向に晴れない。



帰り際のホームルームが終わると、クラスのみんなは早々と帰宅した。
これから始まる一ヶ月程のバカンスに、浮かれているのだ。

「早く帰って支度しなきゃ!週末、出発なのにまだ荷造り終わってないんだ」

嬉しそうに話したクラスメートの顔。
無邪気で、天真爛漫で。
そんな彼等が、少しうらやましい気がするけれど、時々、それが堪らなく欝陶しくなる。

どうして私は、こんなに心が貧しいんだろう。

閑散としてきた教室で、自己嫌悪に陥りながら、私はかばんにテキストをしまい込んでいると、声をかけられた。
クラスメートの松田 結菜だ。
彼女の専攻は声楽で、その清らかな歌声は、音楽コースの先生方から、まるで天使のようだと絶賛されるほどだ。

結菜は私の机の横に立ち、人懐っこい笑みを浮かべて言った。

「これから、みんなでアイス食べに行くんだけど、瀬戸さんもよかったら一緒に行かない」

私は結菜の背後に視線をずらす。彼女の後方には数名のクラスメート達が各自のかばんを手に待っていた。

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