《MUMEI》
雲の上の…ひと?
教室棟に入った時、もう照明は消されていて、昼過ぎだというのに、校舎内は薄暗かった。
ラウンジにたどり着くと、私はすぐに自販機で紙パックのりんごジュースを買った。側にあるベンチに腰掛け、それを飲みながら、ラウンジの奥にある、窓の外を見た。

窓の外側の世界はさんさんと太陽の光が照り付けていて、窓の側に植えられている木の、その青々と繁った葉っぱをつけた、太く逞しい枝は、夏のキレイな青空に向かって堂々と伸びていた。淡く白い薄雲も、空の上を悠々と浮かんでいた。

全ての色が、鮮やかなものに見えた。
この、無機質な学校のラウンジと、同じ世界に存在しているとは思えない程。

薄暗い場所から眺めているからだろうか。
『夏』という季節によるものだろうか。
それとも。

セミの声が、やけに耳にこだまする。

ゆっくりと、りんごジュースを飲み干した。しかし、ちょっとお腹に飲み物を入れたら、余計にお腹が空いてきたような気がする。

今日は、もう帰ろうかな。

いつもなら、あと1時間は練習して帰るのだが、なんだか鬱屈として、イマイチ気分が乗らないので、早めに切り上げようと思った。
ベンチから立ち上がり、空になったジュースのパックを、自販機の横にあるゴミ箱に勢いよく捨てた。

その、ゴミ箱の上の、壁に作られた掲示板に目がいく。

学校の案内を載せる掲示板だ。
来学期になると、文化祭を開くので、それについての募集や連絡事項がベタベタ貼り付けられていた。
無作為に貼られたプリントの、一番下の方に、すっかり日焼けした新聞の切り抜きが貼ってあった。

『○○楽団指揮者来日。高校生パーカッショニストを激励』との見出しと、白黒の写真が一枚。

固い雰囲気の外人のオジサンと、この学校の制服を着た男の子ががっちり握手している瞬間だった。

記載された楽団名には、聞き覚えがあった。確か、ウィーンに拠点を置く、超有名な管弦楽団だった筈…。
そして、不意に、男の子に目が留まる。
その写真は、日に焼け過ぎてしまい、かなり見にくくなっていたが、じっと目を凝らす。

日本人離れした、彫りの深いハーフ顔。長く逞しい腕。自信と余裕を感じさせる微笑み−−−。
そして、何よりも、この見出しだ。

『高校生パーカッショニスト』

ここの高校の制服を着て、余裕の笑みを浮かべながら有名な指揮者と、握手をする少年。

これが。

「如月、先輩…」

ぽつんと、彼の名前を呼んだ。
この写真の少年が、如月 宏輔。

天才的な音楽センスをもった、この学校のスター。

雲の上の、ひと。

私は一度瞬き、それから身を翻して、ラウンジをあとにした。

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