《MUMEI》
美香さま
 
「いらっしゃい!!」
 化粧品の匂いが漂うこの女人は、今日のお嬢さまの美香。
 年齢不詳と言うが、たぶん、三十後半だろう。

 扉を開けると、待ってましたとばかりに俺に抱きつく美香。部屋からは、いい匂いが漂っている。

「今日のご機嫌はいかがですか? 美香さま」
 美香を体から優しく剥がすと、美香を見つめながら、優しく微笑む。あくまでも、優しく……。
 あとで文句を言われちゃ、たまったもんじゃないからな。

「サイコーだよ!! だって澪が来たんだもん!」
「ありがとうございます」
 美香は本当に嬉しそうな表情で、俺を見つめ返す。

 この女人は、他に楽しみとかないのだろうか……?

 そんな思いを払い、相変わらず微笑みながら言葉を交わす。

「澪、シチュー好きだったよね? 作って待ってたの!」
 なるほど……この匂いは、やはりシチューだったか。
 部屋から漂う匂いに、朝食も与えられていない俺の腹が悲鳴を上げる。

「ん? 澪お腹空いてたの? たくさん食べて!」
 腹の悲鳴が聞こえたらしく、美香は俺の腹と顔を交互に見つめたあと、俺に微笑みかける。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて……お邪魔します」 玄関に入ると、漂っていた匂いが更にはっきりと感じる。
 早く食べ物をと腹が急かすが、ここは冷静に、美香の機嫌を損ねないように、細心の注意を払いながら靴を脱ぎ、部屋へと入っていく。

 移動中はずっと、美香の腰に手を回している。美香はそれが嬉しいのか、強く寄り添い、腰を自ら俺に押しつけてくる。

「さあ、座って、食べましょ!」
 テーブルまで来ると、椅子に腰かけるよう促され、それに従い腰かける。

「さあ、どうぞ」
 すると、美香が自ら進んでシチューを注ぎ、俺の前のテーブルへ皿を置く。

「ありがとうございます。いただきます」
 俺は満面の笑みで美香を見ると、スプーンを持ちシチューをすくいスプーンごと頬張った。
 美香は料理が上手い。それだけは、本当にいいところだと思う。

 あれさえなければ、美香は男が途絶えないだろう。
 男ができてもすぐ別れるのには、きっとあれがあるからだ。
 

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