《MUMEI》
先輩の言葉
普通の、生徒じゃない。音楽センスが、群を抜いている。

このひとは…。

そこまで考えて、思い出した。

日本人離れした、端正な顔立ち。私の2コ上の、3年生。ズバ抜けた音楽の才能。人間メトロノームと呼ばれるほど、正確なリズム。

そして、掲示板に貼られた記事。
指揮者と握手した、あの少年の顔。

私は確信する。
間違いない。


如月 宏輔!!


変に力んでしまい、ボウイングしていた腕が震え、バイオリンの音色が甲高く歪んだ。まるで人間の悲鳴みたいだった。
突然の奇っ怪な音に、彼は弾かれたように私を見て、軽く舌打ちする。

「ラストだよ、気ィ抜くな」

気を揉んだように、そう言った。その間も、彼は演奏を止めなかった。彼の指先から紡ぎ出されるその、リズミカルなメロディーが、私を混乱させる。

彼が如月先輩。
あの、有名な、如月先輩。

雲の上の、ひと…なの?

戸惑いながら私は必死に弓を動かし、曲を弾き終えた。バイオリンの音色の余韻に重なるように、ピアノの和音が鳴った。

終わった…。
そう思ったら、どっと疲れが私を襲った。こんなに真剣に演奏したのは、初めてかもしれない。
何とも言えない達成感と心地のよい疲労感に私は身を任せ、黙り込んだ。


少しの沈黙のあと。
ピアノの椅子に腰掛けていた彼は、くるりと私の方に身体を向けた。その表情は、明らかに不満そうだった。彼は拗ねたように言う。

「何だよ、あのラスト!せっかくイイ感じで出来上がってたのに」

「つまんねぇの!」と口を尖らせた。私は少し逡巡してから、思い切って尋ねてみた。

「…如月先輩ですよね?」

「は?」

突然の問い掛けに、彼は驚いたように目を丸くした。私は私で、もっと他に言い方があった筈なのに!と心の中で、自分にダメ出ししていた。

知りたかった。目の前にいるこの人物が、一体誰なのか…本当に如月 宏輔なのか。
その、決定的な、ものが。
知りたい。知りたい。知りたい…。
その気持ちばかり先走って、ストレートに質問してしまったのだ。

でも。

口にしてしまった。もうあとに引けない。
私は腹を決めて、キッと睨むように彼の顔を見つめた。

「打楽器専攻の…あの、如月先輩でしょう?」

畳み掛けるように質問すると、彼は私の勢いに怯んだのか、身体を後ろに引き、「あ、ああ…」と頷く。

「そうだけど…なに?」

サラリと答える彼に、私は詰め寄った。

「なに?じゃないですよ!!何で言ってくれなかったんですか!?」

あまりの驚きで声が裏返ってしまった。私は動揺する。

如月 宏輔。芸術科音楽コースの有名人。サラブレッド中のサラブレッド。彼に憧れる生徒は数知れず。

今さっき、自分が、そんな如月先輩とセッションしただなんて。

音楽コースの優秀な生徒だって、そんな経験はない筈。

信じられない…。

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