《MUMEI》

 部屋の中の灯りは玄関先の小灯とリビングの小さな灯りだけだった 


物音のしない部屋からはラフマニノフの協奏曲のピアノ演奏が淡々と鳴り響いている 

タイマーの残り時間はもう僅かだった… 


暗い部屋にはソファーにぐったりと横向きに倒れこんでいる 宏介がいた… 
その身体は時折眠り猫のようにピクリと筋肉が痙攣するだけで顔は微妙な苦痛に歪み額には玉のような大粒の汗が吹き出していた… 

よく見るとその萎れたような肩先が僅かながら動きを繰り返している…… 

ソファーに押し潰された鼻先の歪んだ穴からは…まだ微かに息が漏れているようだった 。



〇 「 〜三途の川の〜〜渡し舟〜〜 宦@… 」 

一人の茶褐色なコートを着こんだ男が気持ち良さそうに鼻歌を口ずさみながら土手先の杭に括りつけてあった小舟からロープを解こうとしている 


異様に湿っぽい悶々とした霧深い森が開けた…そこはキラキラと銀色に輝く小川が力強く流れていた 。


いつのまにか宏介はその茶褐色のコートをすっぽり着こんだ男から少し離れた場所に立ち尽くし…黙って様子を伺っていた 。 


しばらくすると男は茫然と立ったまま自分をじっと見つめている宏介に気がついた 
「………ん? なんだ? おめえ……いつ来たんだ?……? まぁ いいや…こっちゃ来て手伝えや…… 」 

宏介はその男の言われるまま近づいて行く…逃げようとしても…身体が勝手に近づいていく……自分はもうすでに操り人形なのか……… 
宏介はそう思いながら何故か…観念している自分がナニモノなのか…わからなかった 。 


男のコートはよく見るとあちらこちらボロボロで手には破れて縮んだような赤毛色の手袋をして伸びた草のような髪の毛と髭はもう何年も刈っていないのは一目瞭然でだった 

「……なんだぁ …オラ乞食じゃないでょ(笑)……まぁ 同じようなもんか…はははぁ(笑)…… 」 
頬が見えないくらいに伸びきった髭の顔をくしゃくしゃにして(笑)いながら …その小川に停めてあった小舟に乗れ……と、手で指図した 。 

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