《MUMEI》

 薄暗い空には語りかけるような三日月の青白い光が辺りの静けさを映し出していた…。

宏介にはこの髭面の小汚いコートを着こんだ男がナニモノで…何をしているのか聞く余裕などはなかった
…また自分がどこにいて…何をしようとしているのか……コレは夢のなのか…それとも夢を通りすぎた非現実なのかさえわからなくなっていたが
…ただ、この男が向かおうとしているその先は
あきらかに現実の世界ではなく…またけっして夢でも見ることのない初めて知る世界があるのだろうと……直感はしていた 。 


「さぁ はよ乗れや ォ 」 
男が宏介を急かした 


宏介は言われるまま小舟の後ろから片足を大きく広げ恐る恐る舟の中へ運ぶ 

すぐにコートの男も横向きに小舟に足をかけた… 
が、…宏介が両足を舟底に入れた瞬間バランスのわるい小舟は大きくブランコのように左右に揺れ始めた… 
「あ〜ォ」
宏介は咄嗟に舟の両端に掴まり低く身構えたが……舟が大きく揺れて川伝いに飛び出したため…片足を掛けていたコートの男は哀れにも股裂き状態となり…奇怪な声を発しながら銀色の鉛色に輝くその小川に…
ものの見事にお尻の方から落ちてしまった 


「ドボーン ォ 」 
凄まじい音が異様な森に響き渡った 


宏介は尚も落ちまいとして必死に身構えていた 

小川に落ちてしまったコート姿の男は すぐに勝手に動き出した舟に掴まり濡れて重くなったコートを脱ぎ小舟の中へ放り込んだ 


「 アンタ〜!。 なんで舟の前から乗り込むんだよォ
〜小舟は横から横向きに乗り込むのが セオリーだろォ〜〜」 

確かにその通りだった 


宏介は…その長い髪と髭がダラリと身体にまとわりつき 巨大な昆布のように見えた男のその姿が…少し怖くもまた滑稽にも感じられ…思わず(苦笑)してしまった 


「…ところでアンタ………何処から来たの …… 」 
男は 小舟に必死にしがみつきながら慎重に乗り込むと…その昆布のようになった髪や髭の水を飛ばしながら聞いてきた 


宏介は何処からやって来たのか…
自分でもわからなかった 。 

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