《MUMEI》

そんな雲雀を殺鷹は強く抱き、耳元で大丈夫の低音を聞かせてやる
「そう、良かった……」
「人の心配をしている場合ではないと思うんだけどね」
血で汚れてしまったひばりの頬を自身の袖で拭ってやりながら
未だ眼の前に居る少年を、殺鷹は睨め付ける
「恐い顔。そんな顔ばっかりして、疲れたりしない?」
まるで世間話でもしているかの様な気軽さ
ソレが更に殺鷹を苛立たせていった
「遊びにしては、悪ふざけが過ぎている様だが?」
「だって、遊びじゃないもん。ソイツが邪魔なのが悪いんだ」
満面の笑みを浮かべながら、それだけを殺鷹へと言って向けると
少年は踵を返しその場を後にしていた
少年が出ていった後を睨みつけるばかりの殺鷹
「殺鷹……」
か細い声が聞こえ
殺鷹の服の裾を、ひばりの震える手が弱々しくひいてくる
何だ、と問うてやれば
「……私、お風呂入りたい。血、気持ち悪い」
との申し出
何より優先すべきは手当だと、一応は異を唱えてはみたが、雲雀は頑なに首を横へ
結局は、雲雀に根負けし、浴室へ
「行っておいで」
抱えた雲雀を降ろしてやれば
だが、殺鷹の服を掴んだまま離そうとはしなかった
「一緒に、入って。恐いから」
縋られてしまえば否と言える筈もなく
仕方がないと殺鷹は、だが服を脱ぐ事はせず全てを顕にした雲雀を抱え中へ
湯を張った浴槽へと雲雀の身を沈めてやると、湯が傷に染みるのか、僅かに顔を顰める
痛いと訴える雲雀を宥めつつ、彼女を身奇麗にすると早々に浴室から出た
「今は何も考えず、ゆっくり休みなさい。いいね」
ベッドへとその身を横たえてやれば
すぐ様寝る息が聞こえ始める
完璧に寝入ったのを確認し、居間へと戻ると取り敢えずソファへと身を寛げた
だが落ち着く事など出来る筈もなく
苛立ち、髪を手荒く掻き乱すばかりだ
「たか……」
普段の穏やかな殺鷹の様子ではない様に
烏が戸惑いがちに声をかける
どうやら怖がっているらしいことを理解すると顔をの強張りを緩ませ、烏を自身の膝上へと手招いた
「雲雀、僕の所為なの?」
殺鷹と向かい合う様に膝の上へと座った烏が、不安げな顔で問う
その問いに殺鷹は何を返す事もせず、唯首を横へ振った
「烏も、もう休みなさい。疲れたろう?」
一方的に話を打ち切り、殺鷹は烏の背を寝室へと押しやる
その背を見届けると、腕の傷を手当する事もせず殺鷹はまた外へ
自宅にて落ち着く事を全くせず、向かったのは白鷺の邸
より一層の白花に覆い尽くされている様に辺りを見回せば
普段常駐している筈の門衛の姿はなく、扉も開け放たれたままだ
「何しに来たの?黒の鳥。ここは君みたいな汚れた人間の来る処じゃないよ」
背後から少年の声が不意に
振りかえるなり、殺鷹は少年を睨めつけていた
「……もう、足掻くのはやめなよ。だって、ほら」
言う事も途中、少年が差し出してきたのは一輪の黒花
ソレは一瞬で色を失い、枯れて落ちていく
「黒は色を失うんだ。無色になるんだよ。君も、君のご主人様もね」
嫌な笑みを殺鷹へと向け
落ちた花弁を踏みつけながら踵を返した
屋敷の中へと入って行く途中、わざわざ振り返り
「この宿り木の頂までおいで、黒の鳥。いいモノを、見せてあげるから」
笑う声を高らかにあげながら、少年は家の中へと姿を消していった
後に残るは静けさ
殺鷹は暫く立ち尽くした後、さして躊躇する事なく邸の中へ
室内の大半を占めている木の幹を睨めつけ
頂へと殺鷹は床を蹴りつける
行って、全てを理解する必要がある、と
殺鷹は頂へと向かったのだった……

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