《MUMEI》 先輩の家の玄関は微かにラベンダーの香りがした。 いいにおい……何度も嗅いでしまう。 先輩のお父さんらしき人の後ろについてくと、ラベンダーの匂いからいつもの先輩の匂い、そして最後は線香の匂いになった。 「多紀のご友人だ。」 先輩のお父さんの一言で親族らしい人達に注目された。 「…………やっ!」 俺と目が合うと先輩は大声を出してしまい、結果的に俺より目立っていた。 「知り合いか?」 「や……やあ初めまして。」 「……はじめまして。」 お互い、初対面で通すつもりだ。 写真で見た多紀さんは、先輩と笑ったときの目許がよく似ていた。 俺より年下とは思えない大人っぽい雰囲気だ。 「多紀のために来てくれてありがとう」 世喜先輩のお母さんが僕にお辞儀をしてくれたので良心が痛んだ。 「こんなこと知りたくなかったかもしれないけど多紀はトラックに跳ねられて即死だったんだ……」 跳ねられて、と言うお父さんの顔が僅かに歪んだ。 先輩の弟は愛されていた、お父さんもお母さんも世喜先輩も、みんな多紀さんを大切にしていたことがよく分かる。 そう考えていると涙が溢れ出てしまった。 「……ごめんなさい、ごめんなさい、……俺なんかじゃ計り切れないくらい多紀さんとの思い出が皆さんあるはずなのに……」 おこがましいことに泣いてしまった。 「いいよ、泣いて。 俺達は泣くことも畏れていた。多紀の死を思い出すのはまだ怖いから……」 世喜先輩が胸に引き寄せてくれる、自分の息がかかるせいか、温かい。 「泣くのはいいことなのかもな。ずっと、泣いたら負けだと思っていた。そうやって、泣き顔を見たら笑わせたくなる。 好きな人の前では悲しいときは泣いて、笑顔を見せてあげることが一番、いいことなのかも。」 世喜先輩の指は頑固な油絵の具の黒が僅かに残っていて、喪服を着ていても、先輩は先輩のままだ。 頭の隅で安心していた。 俺はまだ幼過ぎて、そういう感情を支えられる自信も器も無かったから。 前へ |次へ |
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