《MUMEI》

 小舟はキラキラ揺れる銀色の二筋線に乗りながらその流れに任せたままゆっくりと進んでいった 


所々小川は左右にくねくねと曲がり…何しろ流れに身を任せているので二〜三人が精一杯なこの小さな舟はその都度くるくると向きを反転しながら進んだ…

それはキラキラの銀色の反射と重なり合い…宏介にはこれが果たして水に浮かんでいるのか…それとも地上に浮かんでいるのか……その感覚がわからなくなっていた  


彷徨う小舟に二人の沈黙がしばらく続いた… 

不幸にもずぶ濡れになってしまった男は相変わらずコートの袖口から丹念に水を絞り出しながら…その袖口で昆布のように張りついた長髪の水を拭っていた…気のせいか拭う度に濡れてこびり付いていた長髪と髭が乾いていく度に銀色を帯びていくにように思えた 


「……何……見てんだよ…アンタ……ちっォコレだから素人は困るんだよな……」
男は宏介と目が合うと不機嫌そうに吐き捨てたが…宏介にはその顔が(苦笑)しているように見えた。 



宏介はその男の態度がなんだか愛らしくなり……いつしか自分に……少なくとも危害を加えるような男には見えなくなっていた


「……一体……舟はどこへ…いくんだい? 」 
宏介は初めて口を開いてみた… 

「ちっォ コレだから…………… 」 
男はコートの手を止めて(苦笑)しながら軽くつぶやくように宏介に言った 

「そろそろ…差し掛かるかな……よう…もうすぐ面白いモノを見せてやるからなひとつふたつと……」  
男はそう言いながら頭をもたげ上げると…辺りを丁寧に見回していた 


気がつけば…辺りは巨木が立ち並ぶ景色に変わっていた…
薄明かりの中…ぼんやりとではあるが…色のついた果物や口をぱっくり開けたような花々たちの世界が広がる…… 
うっとり眺めていると綺麗な羽の色をした鳥がチーと鳴き声をあげて突然上空を横切って森へ消えた……なにやら遠くの方から獣たちの声が聞こえてくる…… 

一瞬……木の葉の陰に鈍くオレンジ色に光る二つの目が飛び込んできた 

「あっ……  」 
 それはほんの瞬間だったが…宏介の目には、はっきりと焼き付いていた…

通りすぎていくように小川は…また急に流れが早くなる……

あれは……確かに人の目だった…… 
それも長い髪の毛に黄色の鮮やかな花飾りを付けた女…
しかもむき出しの上半身には豊かな二つの胸と……首から肩にかけては大きな大蛇を巻きつけた…女が…
確かにオレンジ色に光らせた目で…こちらを見つめていた…… 


宏介は……今の瞬間を前にどこかで見たような気がしてならなかった… 

奇妙だが…どこか懐かしい……まるで絵画で見たような………そうだ……あれは絵画で絵画で見たことのあるそっくりな一瞬だったんだ……… 。

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