《MUMEI》 愛は会社を救う(27)給湯室に戻って一人、布巾の漂白をしていると、再び青地知子がやって来た。 ドアの無い入り口から廊下の方へ顔を出し、しきりに誰もいないか気にしている。そして、人の気配が無いことを確認すると、シンクに向かっている私の横に立ち、小さく咳払いをした。微かだが、さっきまでは気付かなかった化粧水の香りがする。 「…ひと通り、覚えられたかしら」 正面を見て目を合わせず、意識的に無感心さを装っているのがわかる。引っ詰め髪の横顔を見ると、化粧を直したのか、頬には僅かに赤みが差していた。 「ええ。青地さんのおかげです」 「そ、そう、よかったわね」 返事はしたものの、まだ何か言いたげな素振を見せる。 「まあ、わからないことがあったら、何でも言いなさい。…ヒマな時なら、教えてあげるから」 素直で無い女も悪くない。あちらから近付いて来た意図は解らないが、情報収集の一環として寄り道もいいだろう。 私は知子の耳元に口を近付けて、こう囁いた。 「ありがとうございます。では今夜、少しお時間をいただけませんか」 息がかかるほどの距離。知子は、やっと救われたような目でこちらを見る。その顔は、すっかり女の表情に変わっていた。 前へ |次へ |
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