《MUMEI》

それにしても。

才能もないくせにって…。

先輩から見たらそうかもしれないけど、音楽コースの生徒達は、小さい頃から音楽の英才教育を受けているから、普通のひとよりもそのセンスに長けているのは事実だ。

私が返事に困っていると、先輩は急に声を穏やかにして笑った。

「でも、あんたは、良いと思うよ」

私は首を傾げる。

「何がですか?」

尋ねる私に、彼は「なにって、音楽のセンスが」と当然のように答えた。ビックリして、バイオリンを落としそうになる。

「粗削りだけど、これからもっともっと伸びる。何か感じるんだよね。無限のポテンシャルみたいなもの」

私は一度瞬いた。先輩はニッコリ笑って続ける。

「自分の生まれとか、環境の上に胡座かいて努力しようとしない他のヤツ等、出し抜いてやんなよ」

初めてだった。
そんなふうに、言って貰えたのは。

いつも、卑屈になっていた。
高校に受かったのもマグレで、運が良かっただけ。入学してからも、私はクラスの落ちこぼれ。
付き纏う劣等感に、鬱屈とする日々。

自信がなかった私に、先輩は…彼だけは、私にセンスがある、と。
無限の、ポテンシャルを、感じる、と言ってくれた。

そんなことは初めてで、私は、何となく気恥ずかしい気がした。まともに先輩の顔が見られなくて、俯いてしまう。

先輩は朗らかに、言った。

「きっと、もっと凄くなる。瀬戸サンのことは、俺が保証する」

偉大な先輩からの有り難い言葉。まるで夢のようで胸がいっぱいに…。
…。

…ん?

私は疑問に思い、弾かれたように顔を上げる。

「何で名前、知ってるんですかっ!?」

聞き間違いかと、思った。けれど、間違いなく、言ったのだ。私に向かって『瀬戸サン』、と。

名乗ってもいないのに、どうして?

ビックリして尋ねたら、逆に彼は不思議そうに答えた。

「センセーが、そう呼んでなかったけ。瀬戸は頑張ってんなー、とか何とか」

そう言われて思い出した。確かに、担任がレッスンルームに訪ねて来た時、私の名前を呼んでいたような気がする。

でも。
そんなこと、よく気づいたな…と、変に感心してしまった。

先輩は黙り込んでいる私を見て、笑う。そして、右手を私の胸元に差し出した。

「ま、何かの縁だろうから…これからよろしく、瀬戸サン」

私は、目を見開いた。先輩の言葉は、何の抵抗もなく、すんなり私の耳の中へ流れ込んできて、幾重にも反響した。その声はやがて、心の奥底まで届き、身体中に染み渡っていくような、心地良さがあった。

これからよろしく。

彼はそう言い、右手を私に差し出した。

それは。
『仲間』と、思って良いのだろうか。
これからも、ずっと繋がっていける、陽気な、『仲間』として。

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