《MUMEI》
ネーミング
一階の化粧品売場は、混雑していた。キレイに着飾った大人の女のひと達が、それぞれ真剣に化粧品を選んでいる。きらびやかな店内は、いつ来ても居心地が悪く感じる。
雰囲気に馴染めない私は、顔を俯かせながら、早足で通路を歩いた。

脇目も振らず、たどり着いたその場所は。

優しく良い香りが、私の鼻孔をくすぐる。壁に設えられた棚には、たくさんの色とりどりの美しい瓶。
手前には、小さなカウンターが、ひとつ。
そこに立っている、スーツ姿の女のひとと、目が合った。
彼女は私の顔を見ると嬉しそうに笑い、「菜々子ちゃん!」と名前を呼んだ。

「久しぶりね。ずいぶん大人っぽくなったじゃない?」

朗らかに言う彼女に、私は軽く会釈した。

「歩さんも、キレイでビックリした」

そう言うと、彼女−−歩さんは嫌そうな顔をした。

「なにそれ。まるで、いつもはキレイじゃないみたいな言い方ね」

私は慌てる。

「そういう意味じゃなくて…」

しどろもどろになる私を見て、歩さんはクスッと笑った。

「冗談よ、冗談!相変わらず真面目よね、菜々子ちゃんは」

さらに「そこに座って!」と私に言う。迷ったが、私はカウンターの前に置かれた椅子に腰掛けた。

彼女−−矢代 歩さんは、8歳離れた私の従姉妹で、今はフレグランスコーナーで、美容部員として働いている。
一人っ子の私にとって、歩さんは姉のような存在だった。彼女は小さい頃から優しく、面倒見が良かった。おばあちゃんの家に里帰りした時は、よく遊んで貰ったが、歩さんが就職してからは、なかなか会う機会がなかった。

こうして歩さんと向かい合うのは、一体何年振りだろう。

私がちゃんと座るのを見届けてから、歩さんは話を続ける。

「学校、これからなの?」

制服を見てそう言ったのだろう。私は素直に頷いた。

「今日から夏休みだけど、レッスンがあるんです」

そう答えると、歩さんは驚いたように「そっかぁ!」と明るい声を上げた。

「もう夏休みかぁ。懐かしい響きだわ…」

歩さんは、遠くを見つめるような眼差しで言った。どう受け答えていいのか分からず、曖昧に笑って見せると、歩さんは思い出したように、声を出した。

「ゴメンね、わざわざ来てもらって。ホントなら、私が持って行かなきゃいけないのに、どうしても時間が作れなくて」

私が小さく「いいえ」と答えると、彼女はしゃがみ込み、カウンターの内側にある、引き出しを引いた。そして、白い箱を取り出す。

「遅くなっちゃったけど、進学祝い」

微笑みながら、その箱をカウンターの上に置いた。自然と私の目が、その箱に吸い寄せられた。

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