《MUMEI》
愛梨とあきら
佐藤はしばらく走ると、コンビニの駐車場に車を滑り込ませた。
愛梨は驚いて佐藤の横顔を見た。
「喉が渇いた。何か買ってきてくれ」
愛梨は苦笑した。自分を試しているのか。
佐藤は500円玉を渡すと、「俺は缶コーヒー。短いやつ」と言った。
「種類は?」
「何でもいい。空港までは長い。愛梨も好きなものを買え」
まるで旅行へ行くカップルのような会話だ。
愛梨は緊張しながら車の外に出た。裏切ったら一糸纏わぬ姿で交差点に置き去りにされる。
女にとってそれは、たまらない仕打ちだ。
愛梨は缶コーヒーを二つ買うと、レジに行った。
そのとき、警官が一人、店に入ってきた。
「嘘」
愛梨の心臓は高鳴った。警官は店員に何か話しかけている。愛梨は震える思いで缶コーヒーの入った袋を握ると、急いで外に出た。
素早く車に戻る。佐藤は即発進した。
愛梨は気さくに聞いた。
「佐藤さん、どっちがいいですか?」
佐藤は黙って一つを取った。
「絶好のチャンスを、なぜ逃した」
愛梨は前方を見ながら答えた。
「しくじって、罰ゲームを実行されたら、怖いから」
佐藤は短く笑った。
「罰ゲームは冗談だ。愛梨にそんなひどいことはしない」
愛梨は少しリラックスして、缶コーヒーを開けた。
「あきらか」
「え?」
「後ろ」
佐藤にそう言われ、愛梨は後ろを振り向いた。黒いワゴンが追跡している。運転手はあきらだ。
「あきらチャン」
佐藤は、さりげなく呟いた。
「まずは、あきらとケリをつけるか」
愛梨は唇を噛んだ。
佐藤はハンドルを左に切ると、だれもいない倉庫の前に車を止めた。
「降りろ」
「まだコーヒー飲んでない」
「頭からかけてやろうか?」
「降ります」
二人は広い倉庫の中に駆け込んだ。あきらも追いかける。
佐藤は愛梨の首にナイフを当てると、あきらに言った。
「あきら。また会えて嬉しいぞ」
黒装束のあきらは、臨戦態勢。佐藤を見すえた。
「それ以上罪を重ねるな」
「おまえの口から、そんなありきたりなセリフが出るとは寂しいぞあきら」
あきらは一歩近づいた。
「動くな」
あきらは止まった。愛梨を傷つけられては意味がない。無傷で助けたい。
「佐藤、あたしが人質になる。愛梨を放せ」
「あははははは。あきら。ギャグセンスに磨きをかけたな」
「ギャグじゃない。愛梨を解放してくれるなら、高飛びを手伝う」
「嘘つけ」佐藤は睨んだ。
「本当だ。あたしは刑事じゃない。愛梨を守ることが仕事だ」
「いいや。おまえは正義感が強い。嘘はすぐバレるぞ」
それを証明するように、警官隊がドッと倉庫に突入してきた。
「ほれみろ」
「あきら!」
宮川所長と大林警部が同時に叫んだ。
佐藤は何を思ったか、あきらに言った。
「あきら。人質になるというのは本当か?」
あきらは一瞬驚いたが、すぐに答えた。
「本当だ」
「よし、来い」
あきらが佐藤に向かって歩く。大林警部は叫んだ。
「ダメだ、危ない!」
あきらの強さを知っている愛梨と宮川所長は、ポカンとした顔をしていた。
佐藤は愛梨を放すと、あきらを後ろから抱きしめた。
「愛梨もかわいいが、俺は、おまえのほうがタイプだった」
あきらは涼しげに答えた。
「あなたが邪悪な人間なら、あたしはあのとき、取り返しのつかない恥辱を味わってたでしょう。情状酌量の余地はあるわ。あたしは正直に証言するから。女には悪さしない男だって」
「あきら」
佐藤はナイフを持った手で強く抱きしめると、刃を喉もとに近づけた。
あきらはボディに肘打ち、手首を掴んで捻る。
「あああ!」
ナイフを落とすと、素早く蹴る。ナイフが遠くへ滑った。
警官隊が突進。
佐藤がパンチを繰り出そうとするが、右ミドルキック!
「うっ…」
動きが止まった佐藤を警官隊が取り押さえた。
「あきらチャン!」
愛梨が駆け寄る。あきらは額の汗を手で拭った。
「ふう…」

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