《MUMEI》
不思議な子
少し悩んで、私は彼女を見ないように再び歩き出した。

私が助けなくても、他のひとがどうにかしてくれるかもしれないし、それに、具合が悪いのではなく、コンタクト等の、何か小さいものを落として、それを探しているだけかもしれないし。

心の中で言い訳しながら、歩きはじめたものの、やっぱり気になり振り返って、もう一度彼女を見た。

彼女はうずくまったまま、その場から一向に動かない。

モヤモヤした私は、渦巻く気持ちを振り切って、踵を返し、彼女の方へ早足で向かった。

やっぱり、放っておけない。

公園に入り、彼女の横に立って、私は「あの…」と小さく声を掛けてみた。返事はない。少し不安になり、バイオリンのケースを地面に置いてから、少し腰を屈めて彼女の顔を覗き込み、そして驚いた。

額の汗の量が尋常ではない。今は夏で、暑いから、というような理由ではないことを察した。
痛いのだろうか、彼女はお腹を両腕で抱え込み、苦悶の表情を浮かべている。

「大丈夫ですか!?」

やはり彼女は答えなかった。慌てた私は、周りを見渡す。夏休みだから、子供連れの母親等、誰かしら居るかもしれないと思ったが、公園にひとの姿はなかった。落ち着いて考えてみれば、この真夏の炎天下の中、外で遊ぼうと思うひとはいないだろう。

私は舌打ちして、かばんの中をあさり始めた。携帯電話で救急車を呼ぼうと思ったのだ。彼女の様子を見れば、一刻を争う状況なのは明らかだった。
早く電話しないと。その気持ちだけが先走り、なかなか携帯を見つけられない。
かばんの中を掻き交ぜながら、彼女を見た。

「今、救急車呼びますから!」

焦った口調でそう言った時、彼女の身体がビクリと揺れた。そして、ゆっくりと頭を持ち上げ、私の顔を見つめる。

まだ幼さを残す、キレイな顔立ちだった。美少女のことを、よく『フランス人形』と例えるが、まさしく彼女はその言葉にピッタリの少女だった。
大きく澄んだ瞳に、私は言葉を無くす。

思わず見とれていると、小さな赤い唇が微かに動いた。

そして、愛らしい声で、言ったのだ。

「やめて…」

一瞬、私は動きを止めた。

やめて?

私が眉をひそめると、彼女は何かに怯えるような顔をした。

「私は、大丈夫です…じっとしてれば、すぐ治まるから…」

「でも…」

大丈夫、という顔じゃない。私はいよいよ不安になり、「病院、行った方が…」と言いかけたのだが、彼女は哀願するように言った。

「お願い…お願いします…電話しないで」

あまり必死に頼むので、私は携帯を探すのを止め、再び周りを見た。やはり誰もいない。途方に暮れていると、私達がいるところから少し先の、木陰の下に置いてあるベンチに目が止まった。

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