《MUMEI》

ここで直射日光を浴びてしゃがんでいるより、あっちのベンチに座った方が休めるかも。

思い立った私は、彼女の顔を覗き込んだ。

「あっちにベンチがあるから…立てますか?」

私の問い掛けに彼女は微かに頷いた。手を貸してあげて、彼女を立ち上がらせる。その身体の線の細さに驚いた。

自分のかばんと、バイオリンのケースを携えて、彼女に歩調を合わせてゆっくり進み、やっとのことで彼女をベンチに座らせた時には、私も汗だくになっていた。荷物を地面の上に置き、自分の汗を腕で簡単に拭って、それから彼女の顔を見る。

彼女はまだ苦しげに顔を歪ませていた。次から次へ額から汗が流れ出している。
私はかばんからハンカチを取り出すと、彼女の額に張り付いた髪の毛を退かしながら汗を拭き取ってあげた。

すると、彼女は、小さく呟いた。

「ごめんなさい…メーワクかけちゃって」

私は優しく微笑んで、「気にしないで」と囁いた。彼女はぼんやりとした視線を私に向ける。

「でも、学校行くところだったんでしょ?」

何故知ってるのだろうと不思議に思ったが、自分が制服を着ていることをすぐに思い出す。心配そうな彼女に、私は首を横に振って見せた。

「平気、たいした用事じゃないし」

「だって、そのケース…」

彼女はチラリと視線を私の足元へ流す。
ケース?
何のことかと思い、彼女の視線を追いかけると、その先には私の黒いバイオリンのケースがあった。

これが、どうしたというのか。

訝しく思っていると、彼女の軽やかな声が流れてきた。

「それ、楽器でしょ…部活か何か、あるんでしょ?」

それを聞いて、私はまた首を振った。

「違うよ。一人で練習しようと思ってただけだから」

そう言って微笑んだ。彼女はじっと私の瞳を見つめてから、「ごめんなさい…」とまた、謝った。
口数が増えたことから、だいぶ落ち着いてきたのだろう。顔色も、ずいぶん良くなってきたように見えた。

彼女は、爽やかに笑って言った。

「もう、ホントに大丈夫。だから、早く学校行って。練習の時間、なくなっちゃうよ」

そう言われたものの、私は悩んだ。回復してきたといっても、まだ体調が万全ではない彼女を、ここに一人残しても、心配だ。また、急に具合が悪くなってしまうかもしれない。
私は真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「家まで送ります…送らせて。なんか心配だもん」

私の突然の提案に彼女は戸惑い、首を激しく横に振る。

「そんな、大丈夫ですよぉ。もう、ひとりで…」

「いいから」

彼女の言葉を聞き流し、私は彼女をゆっくり立たせ、自分の荷物を抱えて、公園を出た。

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