《MUMEI》

彼女から住所を聞くと、その公園から意外と近くだった。
公園を出て少し経つと、彼女はずいぶん元気になり、私の補助が無くても、一人で歩けるまでに回復した。

「ホントにごめんなさい。付き添って貰っちゃって」

彼女は申し訳なさそうに言った。私は首を横に振る。

「気にしないでってば。私が勝手に、くっついて来てるだけなんだし」

さっぱりと言うと、彼女は嬉しそうに笑った。眩しい、太陽のような輝きを持った笑顔だった。
その表情に見とれていると、彼女が私の顔をひょいと覗き込んだ。

「ねぇ、名前、聞いてもいいかな?」

そう言えば、自己紹介していない。
バタバタしていたから、仕方ないけれど。

彼女は私が何か答える前に、自分の顔を指差して微笑んだ。

「私、サユリっていうの。波多野 小百合。小さい百合って書いて、小百合」

「ハタノ サユリ…さん」

彼女の名前を反芻する。『小百合』というその名前は、華奢な身体と華やかな表情の、彼女の雰囲気にとても似合っていた。

私も微笑んで言った。

「瀬戸 菜々子です。よろしく」

「ナナコちゃん…」と小百合さんは呟き、それから屈託なく言った。

「ナナちゃんって呼んでいい?」

あまりに無邪気に言うので、私は戸惑いながらも頷いた。すると小百合さんは、また、あの天真爛漫な笑顔を浮かべた。

誰もを魅了するような、そんな表情。惹かれて止まない、その笑顔。

正直、うらやましかった。

小百合さんは「その制服…」といきなり言った。

「ここの近くの高校のひと?」

私の通う高校は、この辺では割と有名な学校だったから、彼女もこの制服が私の高校のものであることを知っているのだろう。

私は頷く。小百合さんは「やっぱり!」と華やかに笑った。

「もしかして音楽コース?」

きっとバイオリンのケースを見て、思い付いたのだろうと、私は察する。

「そうだよ」と答えると、彼女は何故か、一層嬉しそうに言った。

「それじゃ、コウちゃんと同じだ!」

コウちゃん?

知らない名前に、私は首を捻る。小百合さんは私の怪訝そうな表情に気づかず、「帰って来たら、教えてあげようっと!」と一人で呟いた。

話が見えなかったが、それ以上突っ込まないことにして、私は小百合さんの顔を覗き込んだ。

「小百合さんは、どこの学校?」

何となく尋ねてみると、急に小百合さんは表情を曇らせた。
聞いてはいけないことだったのだろうか。
少し不安になっていると、小百合さんは困ったように笑った。

「学校、行ってないの」

行ってない?

「歳、いくつ?」

私の不躾な質問に、小百合さんは「15歳」とあっさり答えた。私と同い年だ。

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