《MUMEI》
愛は会社を救う(34)
「それは、買い被りというものです。私だって正社員になれるなら、いつでもなりたいと思っていますよ」
落ち着き払ってそう言いながら、私はおもむろに酒を勧めた。
それにしても、この女の観察力は人並み以上に鋭い。
「きっと自由な人なのね、赤居さんって」
知子は多少リラックスしてきたのか、柔らかな表情を浮かべつつ、酒で満たされた杯を傾けた。
やっとお互いが打ち解けてきたタイミングで、私は話を振り出しに戻すことにした。
「ところで先ほど、私の契約が切れた後の事を訊ねられてましたよね。それは、どうしてですか」
知子は黙って、はにかむような笑顔を浮かべている。酒のせいか、頬から耳たぶにかけて、ほんのりと桜色に染まっているのが艶っぽい。
「ごめんなさい。その話は、また後で。でも必ず相談させてもらいます」
そして、晴れやかな笑顔を見せて、こう続けた。
「何だか久しぶりに気分が良くなった。きっとあなたのおかげです」
笑うとその両頬に笑窪ができることに、私はその時初めて気付いた。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫