《MUMEI》

彼のふざけた態度に苛立ったのか、橋本先生は口調を強くして言った。

「あなた、受験生でしょ?冗談言ってるヒマがあるなら、もっと勉強したらどう?だいたいね、私服で学校に来るなんて何考えてるの?いくら夏休みだからって、ダラけすぎよ」

ガミガミと先生は説教をした。
先生の台詞の中の、『受験生』という言葉をしっかりと聞きとった。

受験生。つまり、3年生か…。

3年の、『佐野』先輩…。

少し考えてみたが、やっぱり分からない。

彼−−佐野先輩は、先生の説教を聞いて吹き出して笑った。

「オカンに怒られてるみてぇ!!」

「何か既視感〜!」とふざけた。橋本先生はいよいよ怒り出し、「とにかく、帰りなさい!良いわね!?」と甲高い声で言い放つと、ズカズカ足音を立てて行ってしまった。

橋本先生の背中を見つめながら、佐野先輩は笑いながら呟いた。

「ホントに頭堅いよな〜。あ、ちなみに、あのヒト、俺のクラスの音楽のセンセーなんだ」

一人で勝手に説明する彼の顔を見上げた。

「…で?」

私の声に、彼は振り返る。

「ん?」

彼の顔を半眼で見返す。

「結局、何者なんですか?」

直球で尋ねてみると、佐野先輩はわざとらしく「う〜ん…」と唸り、悩むポーズをとる。

「俺の正体は、トップシークレットなんだけどなぁ…」

やっぱりはぐらかされた。まあ、予想はしていたけれど。
下らない会話が、だんだん面倒になってきた私は、「そうですか」と適当に相槌を打つ。

「分かりました、もういいです。手紙、届けてくれてありがと。それじゃ」

早口で言い捨て、レッスンルームのドアを閉めようとしたが、佐野先輩が慌ててドアノブを掴み、それを邪魔した。
先輩は困ったように笑い、「ゴメン、ゴメン!」と謝った。

「ふざけ過ぎた。悪かったって!」

私はじぃ…っと佐野先輩の目を見つめて、それからドアをゆっくり開く。
佐野先輩は、私がドアを再び開いたことにホッとしたような顔をした。
それから、急に真面目な顔をして、敬礼をし、声を張り上げて言った。

「普通科・理数コース3年、佐野 遼太!」

あまりの大声に私がたまげていると、佐野先輩はニヤリと笑って続ける。

「…で、サユリちゃんの茶飲み友達」

小百合さんの。

一秒、間を置いて。
思い切り顔をしかめた。

「茶飲み友達?」

非難じみた私の声に、彼は軽い調子で「そう」と頷いた。
ふざけすぎている。

「サヨナラ」

呟きながら、再びドアを閉めようとしたが、また彼に阻まれた。

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