《MUMEI》

いい加減嫌になって、「何なんですか?」と迷惑そうに言うと、佐野先輩は必死な様子で言った。

「ホントだって!サユリちゃんは俺の友達!!信じてよ!」

悲痛な言い方に、私は閉ざしかけたドアをまた開く。佐野先輩はため息をついて、言った。

「サユリちゃんがどーしても、ナナちゃんに会いたいって言っててさ。でも、連絡先聞かなかったから、俺に委ねたワケよ」

彼は、事のいきさつを簡単に説明した。私は手にした手紙に視線を落とす。

可愛らしいピンクの封筒。
あの小百合さんが選びそうなデザインだ。

「とにかく、パーティーに行ってあげてよ。サユリちゃん、楽しみにしてるんだから」

彼の穏やかな声が耳に流れ込んできて、私は顔を上げた。彼の、優しい目と私の目が、自然と合う。

数秒間見つめ合ったあと、佐野先輩は「さてと!」と声を上げ、バッグのショルダーを抱えなおした。

「じゃ、そういうことで!」

そう言い残すと、佐野先輩は片手を上げ、身を翻し廊下を歩き出した。私は彼の大きな背中が、どんどん小さくなっていく様を見つめていた。




佐野先輩が帰ったあと、レッスンルームのピアノの椅子に腰掛けて、小百合さんからの手紙を見た。

そして考える。

小百合さんは、私がこの学校の、音楽コースの生徒だということを知っている。それはこの前、話したから。だから、同じ高校の佐野先輩に頼んだ、というところまでは納得がいく。

でも。

今は夏休みなのだ。

他の生徒達はみんな、バカンスを楽しんでいる。その中で、私ひとり、毎日学校で個人練習していることを、知っているひとは少ない。小百合さんにも、そこまでは話した覚えがない。

それなのに、何故、私がレッスンルームに引きこもっていることを、知っていたのだろう。

何だか、腑に落ちなかった。


私は、手紙の封を切って、中に入っている折り畳まれた便箋を取り出し、開いた。




*****


優しいナナちゃんへ


この間は、助けてくれてありがとうございました。ホントにホントに感謝してます。

きちんとお礼がしたいです!

今度の土曜日に、ウチでちょっとしたパーティーをします。パーティー…っていっても、ただのお食事会なんだけどね。

良かったら、出席してもらえないかな?

夕方の7時から、始めます。
ぜひ来て下さい。待ってます。

アパートの場所、覚えてるかな?
もしもの時のために、ウチのTEL番書いておきます。


ではでは。
楽しみにしててね。


波多野 小百合


*****

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