《MUMEI》
愛は会社を救う(41)
私は、ようやく口を開いた。
「これらの文書は通達ばかりで、さほど重要な情報ではありません。総務で受付され、回覧もされた体裁になっています。しかし、おそらくはファックスに受領印を捺した人物だけが内容を知り、誰にも伝えることなく不要な書類に紛れ込ませてファイルに綴じた…そう考えるのが妥当かと思います」
仲原がOAチェアに腰を落とし、天井を仰ぎ見る。そして、思い付いたように紙コップのコーヒーに手を伸ばし、ひと口啜った。
「お茶当番と同じだな」
コップの安っぽいプリント柄を、角度を変えながらまじまじと見つめる。
「つまらんことでも"借り"になる。たかが通達でも、ことごとく訊かなきゃ仕事が進まない。そうなれば、その人間に対してどんどん"借り"の感情が生まれる」
今度は喉を鳴らして一気に流し込む。コーヒーは丁度良く冷めていた。
「そうやって山下は、職場の中で優位に立っていったわけだ」

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