《MUMEI》

小百合さんからの手紙を読み終えて、私はため息をついた。
佐野先輩のことは書かれていないので、結局、彼が本当に小百合さんの友達かどうかははっきりしなかった。

正直、どうしたものか…と思った。

確かに私は彼女を助けた。だからお礼をしたいと彼女が思うのは分かるけれど。
しかし、それだけだ。
お呼ばれしたからといって、ホイホイと小百合さんの家へ訪れるのは、どうかと思ったのだ。

特に親しくなった、というわけでもないし。

私はかばんから携帯を取り出して、カレンダーを見た。
『今度の土曜日』というのは、つまり明後日。
日にちを確認して、携帯を閉じる。その日は、取り立てて用事もない。

行かなくても、いいのではないか。

必要もないし、義理もない。
でも。

瞼に浮かぶ、小百合さんの笑顔。
そして、佐野先輩の、言葉。

−−サユリちゃん、楽しみにしてるんだから…。

私は携帯をしまい、バイオリンを構えて、レッスンを再開した。




家に帰り、母と顔を合わせた時、言ってみた。

「明後日、夕飯は外で済ませてくるから」

母は少し驚いたようだった。「どうして?」と尋ねられたので、「友達と食べる約束したの」と答えると、母は嫌そうな顔をした。

「友達って、学校の?」

小百合さんのことを説明するのが面倒だったので、「うん」と適当に返事をすると、母は眉をしかめた。

「あまり感心出来ないわね」

「なにが?」

「友達って言っても、ライバルなのよ?あんたと同じように、将来音楽のステージで生きていく子なんだから、仲良くする必要はないわ」

そう言い捨てられた。
何故、そこまで徹底しなければならないのだろう。
理解出来ない。

母に対する不信感から、私は刺々しい声で「もう約束しちゃったから」と言うと、自分の部屋に逃げ込んだ。




小百合さんとの約束の日。
私が個人練習を終えて、学校から出た時には、4時半を回っていた。
パーティーが始まるまで、まだ時間がある。
本当は、一度家に帰って荷物を置いてから伺おうと思っていたけど、母と顔を合わせるのが嫌なので、やめた。どうせ文句を言われるのだ。
気分が悪くなるくらいなら、一人で時間を潰した方がマシだ。


校門を出てから、私は学校から少し先のケーキ屋さんへ向かった。
ファンシーで、こじんまりとした可愛いお店。学校の生徒達に「そこのケーキはおいしい」と評判であったが、私はまだ一度も食べたことがなかった。イートインコーナーもあると聞いていたので、この機会に、お茶でも飲みに行こうと思ったのだった。

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