《MUMEI》
愛は会社を救う(43)
「車が狭いから疲れたでしょう」
青地知子の車は2シーターの軽だった。車内は思った以上に空間が確保されており、かえって快適に感じられた。
「お休みの日に、本当はご迷惑だったんじゃないかしら?」
少し申し訳なさそうな口調で言うが、その横顔には穏やかな微笑が浮かんでいる。解かれた髪は自然な装いで肩までかかり、目元も優しく女性的な印象に変わっていた。
「とんでもない。一度、観光してみようと思っていたんですよ」
よく晴れた土曜日の昼下がり。海沿いのパーキングエリアで遅いランチを取った後、由緒ある寺院の境内を二人のんびりと散策して来た。
まだ夕方5時前。車は郊外から市街地へ向けて、帰路を進んでいる。
私は、この間から何か言いたげな知子が、その本題に入るのを待っていた。
「これから…なんですけど」
均衡を破って、知子が口を開く。
「なんでしょう」
私は知子の左の頬を静かに見遣り、続く言葉に耳を傾けた。
「お夕飯、私の部屋で…ダメですか?」

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