《MUMEI》

私は力無く、フォークをお皿の上に置いた。
泣きたかった。泣くことで、この寂しさを消し去ることが出来るなら。小さな子供のように、大声で泣くことが出来たなら…。

目頭が熱くなり、視界が涙で潤んできた、その時。

コンコン…と軽やかなノックの音が聞こえて、私はハッとした。目を擦りながら、慌ててキョロキョロ周りを見る。

そして、驚いた。

大きな窓の外に、小百合さんが立っていたのだ。
ゆったりとした、半袖のシャツワンピースにカプリパンツ、足元はフラットなサンダル。手には小さなバッグを持っている。やっぱりラフな格好だった。

どうして、小百合さんが、ここに…?

驚いてしまい、呆けた顔をしてしまった。
彼女は私と目が合うと、嬉しそうに笑い、お店の入口を指差した。ジェスチャーの意味が分からず、私が首を傾げると、小百合さんは小走りで窓の前から姿を消した。
そして、すぐ、お店のドアが開く。店員の「いらっしゃいませ」の清々しい挨拶のあとに、やってきたのは。

「ナナちゃん!?」

小百合さんの澄んだ明るい声と、眩しい笑顔。
彼女はまっすぐ私のテーブルへやって来ると、躊躇うことなく、向かいの椅子に腰掛けた。

「入って来ちゃった〜」

えへへ、と照れたように笑う。私がキョトンとしていると、「あのね!」と話し出す。

「ふらふら歩いてて、何となくこのお店覗いたら、ナナちゃんにそっくりなひとがいたから」

「思わずノックしちゃった」と朗らかに言う。
私は、一瞬面食らったが、彼女の無邪気さに自然と顔がほころぶ。

小百合さんは突然、「そういえば!」と声を上げた。

「手紙、読んでくれた!?」

私は頷いた。

「時間まで少しあるから、ここでぼーっとしようと思って」

そう言うと、小百合さんは「電話してくれたら良かったのに!」とはしゃいだ声で言った。

「あのね、今から今日の夕飯のお買い物に行こうと思ってて。あっちのスーパーが特売やってて、安いから…」

話終える前に、店員が小百合さんに水を運んできた。

「ご注文はお決まりですか?」

グラスを置きながら店員が問い掛けると、小百合さんは困ったように俯いた。

「あ、いいです…何も、いりません」

小百合さんの答えに店員は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、にこやかに笑い「ごゆっくり」と一言残して消えた。

店員が行ってしまってから、私は小百合さんに聞く。

「食べないの?ここのケーキ、おいしいよ?」

お店に入って、何も注文しないなんて。
そう言うと、小百合さんは恥ずかしそうに答えた。

「ウチ、ビンボーだから。お金ないの…」

ビンボー?

このお店のケーキセットは800円だ。けして裕福ではないけれど、毎月一万円のお小遣を貰っている私にとっては、少し厳しいけれど、さほど大きな金額ではない。

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