《MUMEI》
愛は会社を救う(45)
「チーフの山下さんです。私、あの方の…」
一度言葉を飲み込んでから、少し掠れた声で続ける。
「愛人のような存在なんです。もう、10年以上も前から」
静謐な中にも粛然とした感情の宿った眼差しに、私は軽く気圧されるのを感じた。
「何か、事情があったのですね」
知子が黙って頷く。
そして、遠い記憶を手繰り寄せるかように、慎重に言葉を選びつつ語り始めた。
「本社時代、私は会社の不正に関わってました。不正といっても、どこででもやっているような書類の変造です。もちろん、会社の指示で」
コンプライアンスの重要性が叫ばれる昨今。しかし、彼女のように違法行為を日常的に強要されている社員は、決して少なくないのかもしれない。
私には仕事しかないから…。そう言った時の哀しげな知子の表情が、私の脳裏に甦った。

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