《MUMEI》

私は小さくなった小百合さんを見つめながら、彼女のアパートを思い浮かべた。
あちらこちらの壁にヒビがはいったとても古い、アパート。築30年はゆうに越えていそうな古めかしい造りだった。

そのアパートの様子と、今の彼女の言葉から、生活が苦しいことは、何となく想像出来る。

私は返す言葉が見つけられず黙り込むと、小百合さんはふっ切るような明るい声で言う。

「気にしないで!ナナちゃんが食べ終わったら、お買い物付き合ってね!」

そんな風に言ってくれたが、一人でケーキを貪るのは何となく気まずい。
かといって、彼女にケーキセットをおごってあげるほど、お金に余裕は無かった。

少し考えてから、目の前にいる小百合さんに自分のフォークを差し出した。
首を傾げている彼女に向かって、早口で言った。

「一緒に食べよ?」

小百合さんは私の言葉に驚いたようだった。「でも…」と躊躇う彼女の小さな手にフォークを無理やり握らせて、ケーキがのったお皿をテーブルの中央にずらす。

「いいから、食べてみて。おいしいから!」

小百合さんは困ったようにケーキと私の顔を見比べていたが、やがて柔らかく微笑み、「ありがと!いただきます!」と明るく言った。
彼女は小さくケーキを切り分け、それを口に運んだ。すぐに「おいしい!」という言葉を放つ。

「ケーキなんて久しぶり!やっぱりおいしいねぇ」

幸せそうに呟く彼女に、私は微笑みかけながら、「ミルクティーもあるよ」と飲み物もすすめた。

小百合さんは、そんな私に、あの美しい笑顔を見せた。



ケーキを食べ終わり、レジで会計をするとき。
小百合さんがお金を置くコルトンに、400円を財布から取り出して置いた。

「半分こ!」

そして可愛らしい目で、「ね?」と覗き込む。私は微笑みを返し、自分の財布から400円を取り出した。



小百合さんに、心から、感謝していた。
言いようのない惨めな気持ちから、絶望するような孤独感から、私を一瞬でも救ってくれたから。


こういう、小さな幸せが、欲しかったのだ。




ケーキ屋を出てから、私達は近くのスーパーに入った。
小規模なスーパーのようで、お店自体、小さくこじんまりとしている。建物も古めかしく、壁は薄く汚れ、看板はずいぶん色あせていた。
夕時ということもあり、店内は主婦達でごった返していて、二人とも揉みくちゃにされながら、買い物カゴに商品を入れていく。
選んでいる食材から察するに、どうやらカレーを作るつもりなのだろう。精肉売場で、小百合さんは、タイムサービスのラベルが貼られた、牛肉と豚肉のパックを手に持って、私を振り返った。

「牛と豚、どっちがスキ?」

本気で迷っているようで、小百合さんは固い表情をして言うのだ。

そんなに悩む事かな…。

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