《MUMEI》

全くもって答えになってない。私は歩みを速めて彼女の横に並んだ。

「『コウちゃん』って、お兄さん?それとも弟さん?」

そう問い掛けると、小百合さんは首を横に振った。私は首を傾げて、「それじゃ、お姉さん、とか…?」とさらに聞くと、彼女ははっきり「違うよ」と答えた。

違う?
じゃあ、誰だろう?

一人で考え込んでいると、小百合さんが唄うように言った。

「コウちゃんはね、大切なひとなの」

私は顔を上げて、小百合さんを見た。彼女はまっすぐ前を見たまま、続けた。

「苦しんでいた私を、助け出してくれたんだ。ずっとずっと、私と一緒にいるって言ってくれたの」

遠い昔を思い出すような、柔らかい抑揚だった。
小百合さんの表現は抽象的で、よく分からなかった。
でも、『ずっと一緒にいる』という言い方にピンときた。
もしかして、『コウちゃん』というひとは。

「彼氏さんなの?」

自然とその答えに行き着いた。
でも、疑問が残る。
小百合さんは『コウちゃん』と一緒に住んでいるように話をしている。
もしも推測通り、『コウちゃん』が小百合さんの彼氏だとしたら、彼等は一緒に暮らしていることになる。

それは、変だ。
そう思った。だって、小百合さんは私と同い年なのだ。まだ未成年で、親の管轄下にいるべきなのだ。

全く繋がらない。

しかし、私の言葉に、小百合さんは「う〜ん…」と悩んでみせた。

「彼氏…っていうより、もっと近い、かな?」

「近い?」

その言い方がよく理解出来なくて、私は繰り返した。小百合さんは私を振り返り、朗らかに言った。

「コウちゃんは、私の未来のダンナさんなの」

…。

…えっ!?

「未来のダンナさん…?」

私は困惑した。
それって、つまり。

小百合さんははにかんだように微笑み、続けた。

「結婚の約束してるの。私が16歳になったら、お嫁さんにしてくれるんだって」

私はぽかんと間抜けヅラになってしまった。
結婚の約束?
信じられない。
子供じゃあるまいし、バカげてる。
第一、未成年なのに、そんな話ありえない…。

頭の中に否定的な言葉達がぐるぐると駆け巡って、私はいよいよ混乱する。

小百合さんは私の困惑に気づかず、前を向いて笑った。

「私の誕生日が、明日だったらいいのになぁ!」

伸びやかな彼女の声が、私の耳に流れ込んできた。私は釈然とせず、黙り込んで俯いた。

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