《MUMEI》
一の辻
 赤の濃い夕暮れだった
烏のなく声が、この日に限ってひどく耳について
その声に学校からの帰宅途中だった高岡 蒼はつい上を仰ぎ見る
「すごい夕焼け」
見る事の出来るソレはひどく鮮やかで
日が傾くにつれ段々と朱に染められて行く景色に、高岡は何となく心ぼそさを覚えてしまう
「……早く、帰ろ」
一人きりの十字路
辺りを何気なく見回せば、だが人の気配はなく、高岡の周りばかりに無音の時が流れる
静かすぎる様子を訝しみながらも、気の所為だと頭を強く振りながら、高岡は改めて帰路へと着いていた
夕日に背を向け、北側の道を一歩進んだ
次の瞬間
そこに建っている塀全てに、血でつけられたような人の手形が現れ始める
「な、何これ!?」
明らかに普通の状況でないその様に、高岡は当然慌て始め
だが動く事が出来ずにその場に立ち尽くす
一つ、また一つと増えていく手形に、恐怖心を抱かずにはいられなかった
此処から逃げなければ
そうは思うものの、脚が竦んでしまい踵すら返せない腰をぬかし、その場へと座り込んでしまった高岡
その目の前に
突然、人の影が降って現れる
巨大な扇子を背負った、和装の男
唯々その登場に呆然とする高岡を横目に、男は増え続けていく手形達へ一瞥をくれてやると
自分の背丈ほどもある扇子を軽々と片手で開き
塀を這う手形達へ向けそれで強風を起こさせた
その風に吹きつけられ次々と飛ぶように消えていく手形達
全てが消えて去り
其処には、高岡とその男だけがのこる
互いに向かいあったまま無言で
暫くの沈黙の後
「……アンタ、誰?」
高岡が、質問に沈黙を破った
その問い掛けに、男は扇子を閉じながら一瞥をくれてやり
取り敢えずは座り込んだままの高岡へと手を差し伸べる
「あ、ありがと」
問いに対する返答こそなかったが、手を貸してくれたことへの礼は一応言い
砂埃が付いてしまった制服を払いながら立ち上がった
とにかく家へ、と落としてしまった鞄を慌てて拾うと歩く事を始める
途中、後ろへと向き直ってみれば
だが男の姿はなく、空を見上げてみても恐怖心を抱くような濃い夕暮れは消えてしまっている
全てが普通に戻っていて
一体何だったのかと、小首を傾げながら高岡は帰路を急いだ
「お帰り。蒼」
疲れきって家へと帰れば、庭で洗濯物を取り込んでいたらしい母親に出迎えられ
ただいまを言うのも程々に高岡は家の中へ
自室へと着くなりっ制服を着替える事もせずベッドへと突っ伏していた
「一体、何だったんだろ。さっきの」
不可思議な四辻、そこに現れた大量の血の手形
そして、高岡の眼の前に現れたあの男
起こってしまった出来事があまりに不可思議過ぎて
考えれば考える程、訳が分からなくなってしまう
「……もういいや!」
半ばやけくそに考える事を止め
高岡はベッドを下りると一回の居間へ
何か飲んで一服しようと、奥にあるキッチンへと向かう途中、食卓台に随分と古めかしい地図が置かれている事に気が付いた
何気なくそれを見てみれば
その地図の十字路全てが朱の墨汁で塗りつぶされている
「……何?コレ」
十字路に朱
その二つは、つい今し方の出来事を思い出させて
恐怖に身を強張らせた
「蒼、どうしたの?顔色、悪いわよ?」
洗濯物を取り込み終えた母親
台所に立ち尽くす高岡の顔を覗き込むと額へと手をあててくる
「具合悪い?病院行こうか?」
心配気な顔を向けてくる母親に
高岡は大丈夫を告げるとその地図を徐に母親へと広げて見せながら、これは何なのかを問うた
「こんなモノ、あったかしら?」
覚えがないのか小首を傾げる母親高岡から地図を受け取るとそれをまじまじ眺めながら
「随分と古いものね……。あら?でもこの赤く塗りつぶされてる所って……」
「何か、知ってるの?」
意外な反応を示した母親へとさらに問う
「……知ってるって言うか、たしか道祖神が祀られてる交差点よね。全部」
「道祖神?」
「悪霊とか、災いとかを払ってくれる神様よ。でもこの地図、一体何なのかしら」
考え始めてしまった母親は取り敢えずそのままで高岡は徐に立ち上がり
「……私、ちょっと出掛けてくる」
手早く身支度を済ませ出掛ける事を始める

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